茨木先生はまず脳の構造や情報伝達・記憶の仕組みなど脳科学の基本について解説。「このように話すと、脳は複雑な構造のように思われますが、意外と単純です」という。脳機能で大切なのが記憶や学習で、犬にベルを鳴らし、餌を与えることを繰り返すとベルを聞いただけでよだれが出る「パブロフ型学習」と、ネズミがレバーを押すとチーズが出てくる体験を積むとレバーを押し続けるようになる「オペラント型学習」について説明し、「これがベースとなる」と茨木先生。
「それと同じようなことが私たちの脳でも行われ、『習慣脳』として形作られます。脳科学では習慣とは本来の目的を失い、オートマティック(自動的)に繰り返す行動」と説明する。
例えば、お腹が空いて、ハンバーガー店でハンバーガーを食べ、「おいしい」と感じる。それを繰り返していくと店(あるいは店のロゴ)を見るだけで空腹でもないのに店に入りたくなり、ハンバーガーを食べてしまう。そしてカロリー過剰摂取(肥満)の負の習慣行動につながる。その習慣脳をわかった上で健康支援することが大切だ。
EASTフレームワーク
健康活動を促進するのにはどうすればいいのか?
古くから健康行動の変容へ向け、企画者(支援者)は、「健康行動に関する知識と態度」を変えることにフォーカスし、行動のリスクとベネフィットに関する情報を人々に提供し、彼らに行動を変えるよう熟慮と努力を求めてきた。しかしそうした「態度ベース」のアプローチは必ずしも成功しなかった。
「人の脳は『習慣的・無意識的』で環境の影響も受けやすい。人間の本質は面倒くさがりであり、意識的に努力をして理想的な健康観を築くのではなく〝ちょっとだけ簡単〟に行動を変化する方法にシフトしてしまうから」と茨木先生。そこで健康行動の誘発に有効な次の4つの「EAST」フレームワークを紹介する。
E(Easy):健康行動を誘発するためのちょっとしたバリア(障壁)をはずす。
A(Attractive):シンプルでわかりやすいメッセージを発信するか、もしくはさまざまな色や空間のデザインで注意をひく。
S(Social):われわれは「社会規範( 他の人がどうしているか)」に大きく影響を受ける。そこで他の人が健康行動をとっているところを見せる。
T(Timely):人が行動を変えやすいタイミングやきっかけを見極める。
この頭文字をとって「EAST」。
また脳科学の知見から人の心を動かすワーディング(言葉のかけ方)も紹介(表)。人格そのものに言及すると人の心に届き動かす。例えば「嘘をつかないで」(行動に言及する)というのではなく、「嘘つきにならないで」(人格そのものに言及)と言葉をかけた方が効果があるという。
脳科学を理解することは、人間の行動や心を理解することにつながる。人により良い行動(健康行動)を促すための方法などへの応用も期待できる。今後の研究にも注目したい。