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健康かながわ

食卓からみえる子どもの食の現状

現代は「こ(個・孤・子・粉・固)食」の時代といわれる。昨年の国民健康・栄養調査によると朝食を子どもだけで食べている割合は、小1~3年生で88年に約27%だったのが、05年で約41%になったと報告されている。6月は「食育月間」。今回、長年、子どもたちが描いた食事の風景を分析している発達心理学が専門の聖徳大学の室田洋子教授に、食卓からみえてくる子どもの心やなぜ今「食卓」が大切なキーワードとなるのか、寄稿していただいた。

「こ食」の時代

image小学校5年生が描く「うちの食事の様子」です。解説は絵から読み取ってください。
食べ物が24時間いつでも、多彩に、豊富に、手に入る今日の生活環境の中で、逆に何とも貧しい家族の食事の姿です。このような食卓状況は日本各地に広がっています。個々人が、好きなものを、いつでも、好きなように食べる食事、「こ食」。個食、孤食、子食、粉食、固食、それぞれに意味が違います。10年余り前にこ食は孤食(一人で食べるのは味気ない)の内容が主でしたが今日のこ食は個食(食事は一人に限る。誰かと一緒の食事は気を使うから嫌)に変質してきています。

どれも心理学的にまた人間関係的に貧しい食事です。共に食べる機会のないなかで心が満たされず、発想や行動を調整してくれる相手もモデルもない食事です。このような“こ食”家族の状況が広がるのに呼応するように子どもたちの心身の反応や集団内での適応不全の行動群(いじめや不登校、ひきこもりや短絡感情による暴力、ネット媒介自殺等々)が絶え間なく生じています。

もともとは様々な能力を持っていたはずの人たちがこのような自傷他傷の行動群を表しているのです。対人関係能力の欠如による反応です。対人関係能力の基礎は食卓のかかわりを通して形成されるものです。それほどに食卓は心理的な場です。家族の人間関係が凝縮して現れる場です。食卓で人格は形成され、同時に人格破壊も始まります。今日の家族の食卓状況の問題はその意味で重要であるのです。

家族の食事とは

なぜ食卓がそのような心理的影響を強く与えるかというと、相手が一定(いつもの人の考え方が影響する)、距離が近い(食卓の幅の距離は言語外メッセージが伝わる近さ)、時間の共有(食事が終わるまでは相手と一緒にいる)、高い頻度(食事の回数の累計ほどの頻度)の影響によります。そもそも家族の食事とはどのようなものであるか(あったか)を考えてみます。

家族の食事の基本は①必ず誰かと共に、②食事は一日3回、ほぼ定時に、③食物はその都度、家族の誰かの手により調理される、④家族の食事は同じ食物を分け合う。旬の材料を用いた定番料理がある。⑤食事時には家族内の作法、配慮、礼儀がある(従えない人は、はしたないとされる)。⑥食卓には気配りのあるテーブルマスター(多くは父または母)がいる。⑦食卓では年齢や性差にかかわりなく各自が居場所(感)をもつ。会話や情報が行き交うコミュニケーションを共有する。これらは日常性のなかで常に行われるということが基本であります(あったのです)。

人とのかかわりの感覚の喪失

家族のなかで個食化が進むことはコミュニケーションの機会が減少し、子どもだけでなく大人も感情の切り替えや意識の立て直しをする機会を失います。同時に相手の気持ちを理解し、場の空気を読み、自分の考えを伝える力―コミュニケーションの能力―も失います。日常の人とのかかわりの感覚の喪失が進むことを意味するのです。

10余年前の調査で、孤食(一人で食べるのは味気ない、寂しい)を表現した小学生が、最近の調査では個食(食事は一人で食べる方が気が楽、相手と一緒は疲れるから嫌)へと変化しています。対人関係能力の低下を示す心理的な意味です。親でも子どもの心が読めない、家族と話す機会がなかなかもてないということにより家族内コミュニケーションの低下が進んでいます。さまざまな社会的事件の発生がこれらを裏づけています。家族が一緒にご飯を食べる関係をおろそかにした結果がこのような形で人の対人場面での力を失わせていると考えます。

「させる」「従わせる」の関係

他方、子育てに熱心な家庭では熱心さの余りに食事の場面が圧力の場となっていることも多く見られます。それは全てメッセージは正しいことなのですが「しっかり食べなさい」「バランスよく、何でも食べて」「咀嚼を」「野菜を多く」「行儀よく」「どうして、できないの!」:を矢継ぎ早にいわれると、食欲を失う(気持ちがめげる、意欲を失う)食卓の雰囲気をもたらせてしまうのです。少ない子どもを熱心に育てる核家族のなかに子どもへの管理、干渉、指示、命令、過剰期待の関係が食事の関係を皮切りに始まっていくといえます。

これは子どもの年齢が上がると学習や成績の結果に対する親の態度に入れ替わっていきます。食事から始まる日常的な「させる」「従わせる」関係の展開です。自我の発達を阻害する、自発性を損なわせる親子の関係性です。親子の密着が生み出すひずみは食の関係から始まるといえます。

人とのかかわりの力の源をつくる食卓

このような視点からもう一度、人とのかかわりの力の源をつくる家族の食卓状況を考えて見る必要があります。
人間関係の力、相手の意を汲む勘どころは食卓の会話の中で子ども自らが察知するものです。機転の利いたジョークや品のある会話も日常の食卓での会話の経験から多くは獲得していきます。食卓でのしぐさや態度は教えなくても子どもたちは親を真似て取り入れています。

「しつけ」などと力まなくても言葉遣いや態度はその家の子どもらしく身につくのです。善悪の判断基準、問題状況を乗り越える知恵のだしかた、我が家のセンス、みんながいるとうれしいという感覚、どれも食卓を中心とする人間関係の中で確かめられています。豊かな食卓では食物はごくふつうのものであっても相手との温かな関係を確かめ合う中で、ありのままの自分を受け入れられ、承認され、慰められ、心の開放も行われていくのです。子どもも、大人もです。

今日の社会では子どもも大人もせわしいスケジュールのなかで追い立てられ自分らしさのバランスを失う危険を抱えています。食育は栄養指導や食べ方のお作法を教えること(だけ)ではないと考えます。
食を中心とする人間の営みそのものに焦点をあてた視点が大切です。それは、ともに食べあう関係の質を見直す視点、自らの食を自らの力でまかなう視点、ともに野菜を育て、料理を作り、分け合って食べあう人間関係の心理学的な視点が必要とされると考えるのです。

(健康かながわ2008年6月号)
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