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神奈川県における乳がん検診の歩みと今後の展開(第33回予防医学実務研修会)

第33回予防医学実務研修会*が8月19日、伊勢原シティプラザで開かれた。がん対策上有用な早期発見の手段=集団検診は、乳がんの場合、県域および横浜 市で昭和50年代から始まった。しかし、職域受診を含めても厚生労働省が目標に掲げる検診受診率50%達成には程遠い。今回は乳がん検診にかかわりが深く、臨床経験も豊富な久保内光一氏を講師に招き、マンモグラフィ検診の歩みと今後の課題などを中心に講演・問題提起をお願いした?司会進行は当協会常勤顧問・鈴木忠義 文責・編集部)。
*主催:(財)神奈川県予防医学協会 共催:神奈川県都市衛生行政協議会 神奈川県市町村保健衛生連絡協議会

乳がんは 15人に1人の時代

日本では年間4万人を超える女性が乳がんにかかり、1万人が死亡しています。乳がん罹患率の上昇傾向を考えると、数年のうちに15人に1人が乳がんになると想像されます。
日本女性の乳がん罹患のピークは40~50歳代(欧米は60歳~70歳代)ですが、40歳代女性の死因の第1位は乳がんです。主要国も乳がん罹患率は増えていますが乳がん死亡率は英国やスイス、北米などで減少に転じています。これは約10年前からマンモグラフィ検診を実施して受診率も高く、早期発見が乳がん治療に有効であるという意識が浸透しているからだと考えられます。

検診受診率“後進国”の日本

受診率はスウェーデンでは100%に近く、北米は70~80%、韓国では50%に迫ります。日本は厚生労働省が乳がん検診受診率50%を目標に掲げていますが、全国平均は10数%。職域での受診者数を含んでもこの数字です。各市町村が実施する検診対象者に乳がん検診の大切さが十分浸透していない、あるいは受診をしやすい環境がまだ整っていない、といったことが低い受診率の理由として考えられないでしょうか。

乳がん住民検診の歴史

神奈川県域では昭和53年から、横浜市は55年から乳がん検診(視触診)を始めました。老人保健法による視触診での乳がん検診が始まるのは63年でしたから、横浜市は先駆的な自治体でした。

平成5年には県予防医学協会でマンモグラフィ併用検診が試行されています。13年、横浜市は50歳以上にマンモグラフィ併用検診を開始。17年には40歳代の2方向マンモグラフィ併用検診を追加したことで30歳代が検診対象から除外されています。こうした動きの間に、乳腺が豊富な高濃度乳房が多い40歳代日本人女性にマンモグラフィ検診は有用か、30歳代若年層に対するマンモグラフィは勧められるかといった議論が学会でありました。

現在では自治体、職域と個別検診(人間ドック)の検診が行われており、県域と横浜市のマンモグラフィ検診は表のようになっています。また、平成18年度の県域におけるマンモグラフィ併用検診受診率は3・65%、横浜市は5・94%です。超早期・早期乳がんの発見率上昇などの効果(横浜市の超早期乳がん発見率70%台)はあるものの、依然として受診率は伸びていません。

受診率向上と今後のマンモグラフィ併用検診の課題

imageタレントの乳がん体験などから検診の大切さは浸透しているようです。ピンクリボン運動も乳がん検診の啓発につながっています。今年、国が補正予算で決めた無料クーポンの利用も期待できます。受診率を伸ばすには
「安」…自己負担を少なくする、
「近」…生活圏に受診できる場がある、
「休日・夜間」…仕事帰りにも検診に行ける体制づくり がポイントになると思います。

受診者の目線での動機付けも大切です。自己触診PRはともすれば「自分で乳房をチェックしていれば安心」という誤解を生みます。自己触診+検診受診の方法や広報を考えましょう。同時に、もっと検診を受けたくなるようなキャッチフレーズも欠かせません。早期発見・早期治療すれば乳房を温存することが十分に可能です。発見が遅れ、病状が進んでいたりすると乳房切除や抗がん剤治療を余儀なくされます。その点をアピールしたキャッチフレーズを考えてもいいのではないでしょうか。

精密検査や治療施設への委託を考える場合、検診専門施設としての拡充と精度管理をよく検討する必要があります。委託先の検診機器や技師、読影医が十分であることも大切です。実質は一桁に等しい現在の受診率が、無料クーポン券利用をきっかけに伸びて目標の50%に達したら多くのフィルムを短期間に読影できるのか? といった受け入れ側の体制も考慮しなければならないからです。

超音波(エコー)検診の有用性

平成19年、超音波検診の有用性を検証する研究「J-START」が始まりました。マンモグラフィでは腫瘍が見つかりにくい40歳代女性に対して超音波(エコー)検診が有効かどうかの検証をするものです。全国約12万人の対象者の協力を得てマンモ+エコー併用検診を受けた場合、通常通りの検診を受けた場合とで検診の精度(確かさ)、利益・不利益、有用性を実証していく大規模な比較調査(厚生労働省提唱の国家プロジェクト的な位置づけ)です。結果の出る数年後には、超音波が乳がん検診ツールとして脚光を浴びることになるかも知れません。

乳がん検診のモダリティー

乳がん臨床や自治体での検診管理、マンモグラフィ検診判定などの経験を元に、私なりに乳がんを取り巻く様相をまとめてみます。原則、2年に1回の受診とした場合、
・50歳以上は視触診とマンモグラフィ併用検診
・40歳代はマンモグラフィと超音波(エコー)の併用/交互受診
・30歳代は視触診+超音波検診

となるでしょう。ただし、個人差があるために乳腺の委縮の程度で検診方法の選択は異なり、また、マンモグラフィや超音波をもってしても検出できない非浸潤がんがあることを認識してください。
※ 記事中図版協力:久保内光一氏

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久保内氏の講演に対して、会場からは次のような質問が出た(内容要約)。

Q:40歳代女性に視触診+マンモグラフィ検診を実施しています。要精検の判断を迫られる結果が出た場合、受診者に対して適切な対応をするために必要なことは何でしょうか?(A市・保健師)

A:視触診では異常は見られず、マンモでは陽性という例は珍しくないでしょう。受診者に精密検査機関を勧めることになりますが、自治体は精密検査機関のリストを用意してください。私としては次のような基準を考慮することをすすめます。
・検査機器の整備やメンテナンス・生検の実施可否・専門医・技師の配備など(日本乳癌学会、日本乳癌検診学会で検討中)です。その結果を元に、各自治体で受診者に勧めるスタンダードリストを作って活用してほしいと思います。
鈴木:市町村で活躍される保健師は、検査専門機関の質を把握しておくことが大切だと思います。

Q:マンモグラフィ検診は「40歳代は2方向」「50歳代は1方向」となっています。受診者からなぜ違うのか、と聞かれることがあります。また、30際代後半の受診希望者にも適切な説明をしたいと思います。いい方法はないでしょうか?(B町・保健センター職員)

A:40歳代で2方向の撮影を経験した女性が50歳代で1方向になると「えっ、どうして…」と言われることは多いでしょう。厚生労働省がまず50歳代1方向と決めたのち、40歳代は2方向にと見直したのが混乱のもとかもしれません。
厚労省のガイドラインによれば、本来は見逃しの少ない50歳以上に見逃しの少ないMLO1方向が〝本来は望ましい検診〟で、その後追加承認された40歳代は、まだ萎縮の少ない乳腺の状態に合わせ〝見逃しを避けるために〟もう1方向追加して2方向にしたのが実情です。
38歳の女性から私は受診できないのですか、と聞かれたら、その自治体の実情が許せば受けていただいたほうが良いと思います。30歳代でマンモグラフィ検診を受け、腫瘍が発見される場合も少なくないからです。
鈴木:受診者の年齢別に素朴な疑問に答えるのは確かに難しい。また、実施要綱等でその他希望者としておくとよい。ただ、そうした質問をしてきたときこそ、検診の重要性をさらに伝えるいい機会ととらえてはどうですか。

Q:国の指針に沿って大半の自治体は2年に1回の検診を行っていますが、なかには1年に1回の自治体もあります。久保内先生の個人的な見解としては年1回の受診がいいのでしょうか?(C市・男性職員)

A:受診者の立場で考えれば年1回の受診が理想です。しかし、検診実施には費用対効果が必ず付いて回ります。受診者の負担、自治体の予算…。
主要国の3分の1は年1回の実施ですが、英国は3年に1回です。実情は様々です。指針通りの実施で発見率が0・3~0・5%とします。これが年1回の実施で0・6~1%の発見率になるとすれば答えは明らかですが…。まれな例ですが、数カ月のうちにしこりが大きくなる「スピードがん」を検診受診直後に自己触診で発見されたのを診療したことがあり、年1回にすればすべて見つかるというわけではないことも2年に1回の根拠になっています。

鈴木:検診を毎年実施している自治体の精検率・発見率などのデータを入手・比較検討して、検診予算を組むといいのではないでしょうか。

Q:視触診と超音波(エコー)併用検診の必要性をお話しいただきましたが、リンパ節の病変などはマンモ検診のほうが映し出しやすいのではないでしょうか?(D市・保健所職員)

A:リンパ節の病変は背景が脂肪だけなので、乳腺濃度の高い若年者の場合はたしかに映し出しやすいと思います。しかしリンパ節に病変があるということはすでに転移が起っている乳がんの診断になるわけですから、検診ではその前に見つけなくてはならないと考えます。
乳腺内の微小・微細な病変の検出には、萎縮乳腺の多い高齢者ではマンモですし、高濃度乳房の若年者ではエコーがまさるということが言えると思います。リンパ節の所見はあくまで副病変です。
30歳代女性の乳房をマンモで見て、病変を発見できることはありますが、マスのポピュレーションを前提とするならお勧めできません。ただし、30歳代で一度マンモを試しておいて40・50歳代での受診の比較読影の材料にするという意味はあります。

自治体のスタンスに合った検診計画の立案と実施を(鈴木)

鈴木:住民の健康を守る行政サービスの前線に立っているみなさんにはぜひ、それぞれの自治体のスタンス、住民ニーズに合った検診計画の立案と質の維持をお願いしたいと思います。
「共同(地域)社会の組織化された力=公衆衛生」であるとするDr.ウインスローの定義に基づけば、安心・安全・健康を担う市町村の衛生行政はますます重みを増していきます。日ごろのご苦労に今回の研修が役に立つことを願っています。

(健康かながわ2009年9月号)
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