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前のページへ戻るHOME > 情報サービス > 健康かながわ> 予防医学としてのアンチエイジング医学
健康かながわ

 日本は世界一の長寿国。しかも現代は単に寿命を延ばすことではなく、QOL(生活の質)を高め、健康寿命を延ばしていこうという取り組みが進められている。その取り組みの一つにアンチエイジングが注目されている。だが、アンチエイジングというと、美容や商業主義的な要素も加わり、医学的なエビデンスに基づくものかの判断が難しいものも少なくない。

  しかし、近年、医学の分野でも日本抗加齢医学会が設立されるなど医学的な根拠に基づく研究や実践の取り組みがなされるようになってきた。今月号では、産業医科大学産業衛生准教授で、労働衛生コンサルタントオークス所長の竹田透医師に最近の抗加齢医学の考え方と予防医学への有効性について寄稿していただいた。

 

ダイエットは長寿に役立つ!?

健康診断などで肥満があると「健康のためにダイエットをしましょう」という保健指導が行われます。例えばBMIが25を超えるような肥満がある場合や、基準を超えていなくても体重が増加した場合には、ダイエットをすることで糖尿病、脂質異常症、高血圧などの生活習慣病の改善に役立ちますし、もちろんメタボリックシンドロームやその予備軍とされた場合もダイエットによる改善は重要です。このような生活習慣病の改善や予防にはダイエットによる肥満の改善が大切ですが、肥満ではない人がダイエットをしたら健康にどの様な影響があるでしょうか。

  『腹八分目に医者いらず』という言葉もありますが、満腹になるまで食べずに八分目に抑えておくと健康に良いということ、すなわち、食事の量を控えることは健康に良いということは昔から経験的に知られていました。このカロリー制限(カロリーリストリクション)に関する研究には様々なものがありますが、最近では2009年にアメリカのウィスコンシン大のグループによるアカゲザルの研究がサイエンス誌に掲載され、注目を集めました(昨年のテレビ番組でも特集されたのでご覧になった方も多いと思います)。

  この論文では、数十匹のアカゲザルを平均20年間観察した結果、カロリー制限をしなかった群に比べ30%のカロリー制限をした群には加齢に伴う死亡率の低下が認められ、糖尿病・がん・心血管疾患・脳萎縮の発症率を低下させたことが報告されています。このメカニズムは、カロリー制限によって長寿に関連する遺伝子が発現することによると考えられています。

  このような単なる疾病改善のアプローチではなく、健康を維持し長寿を可能にする医学的な研究は様々な方面で進んでおり、カロリーリストリクションに限らず、例えば酸化ストレス仮説などでも多くの知見が得られています。そしてこれらの研究の成果をもとに、加齢とともに生じる心身の変化(生理的老化)や様々な要因によって加速して生じる様々な健康影響(病的老化)を予防しようという考えに基づくアプローチ=アンチエイジング医学(抗加齢医学)の実践が広がってきています。

なぜアンチエイジング医学(抗加齢医学)か

 アンチエイジングという言葉は、様々な人によって様々な使われ方をしています。そのため、この言葉からイメージされる内容も千差万別であり、とても魅力的な言葉に感じる人もいれば、若さへの執着や商業主義的といったネガティブなイメージを持つ人もいます。

  日本抗加齢医学会では、「加齢という生物学的プロセスに介入を行い、加齢に伴う動脈硬化や、癌のような加齢関連疾患の発症確率を下げ、健康長寿をめざす医学である」と定義していますが、これがまさにここで取り上げているアンチエイジングです。

  そして、このアンチエイジング医学の考え方が、その実践とともに徐々に受け入れられ始めてきています。今までは、健康への関心が高い高年齢層や美容に関心の高い女性が中心でした。しかし、これからは男女を問わず、働き盛りの世代に広く受け入れられていくと考えられます。
 

加齢による健康影響を感じ始めている


 現在、産業保健の現場では、過重労働対策やメンタルヘルス対策に重点が置かれていますが、働く人の健康問題はこれに限られたものではありません。産業保健スタッフは、30歳代後半から40歳代前半にかけて、加齢による健康影響を感じ始めている労働者が少なくないこと、そしてそれが仕事や生活に影響を及ぼしているケースに遭遇することがしばしばあります。

  具体的には、老視をはじめとした視覚系の変化、疲労の回復に要する時間の増加、女性のみならず男性にもみられる更年期障害の症状など、多様なものがあります。

  これらは仕事や生活の質に間違いなく影響を与えているものの、「年齢のせい」にして、病的な問題として産業保健スタッフに相談することや、医療機関に受診することに結びつかないことが多いようです。

  しかし、加齢による変化を加速させる要因にアプローチする取り組み=アンチエイジング医学を積極的に行うことで、仕事や生活の質を改善することが可能です。

  従来の健康診断結果に基づく保健指導や、健康教育、健康づくりの活動に加えて、抗加齢医学のアプローチが行えると、働く人のQOWL(Quality Of Working Life)を高めることにつながります。

  まだ潜在的であると思いますが、働いている人々の産業保健におけるこのような取り組みへの期待は非常に大きいと感じています。

アンチエイジング医学実践に向けて QOWLを高める

  具体的な取り組みについては紙面の関係で紹介できませんので別の機会に詳述したいと思いますが、実践に向けた考え方として、オプティマルヘルスについて少し触れたいと思います。

  本来は性別や年代、体格などに合わせて目標を設定し、カスタマイズしたプログラムを提供していくことが望ましいことは、誰もがわかっていることです。しかし、今までのアプローチでは、健康の保持・増進という合言葉のもとに進められてきたことが影響したのか、例えば1日1万歩のウォーキングを、というように、とにかく良い方向に向けていくことに意識が向いて、一律のアプローチをしてしまいがちでした。

オプティマルヘルスの考え方

 アンチエイジング医学の取り組みは、オプティマルヘルスという考え方のもとで実践していきます。
  このオプティマルとは「最善の、最も望ましい」という意味であり、オプティマルヘルスとは、それぞれの年齢において心身ともに最善の状態を意味します。

  40歳には40歳のオプティマルな健康状態があり、50歳には50歳のオプティマルな健康状態があります。
  心と身体の発達や老化は一致しないので、身体的なものに限ってそれを模式的に図に示しましたが、現在の健康状態がオプティマルな状態から離れているようであれば、近い将来のオプティマルヘルスに近づけるような取り組みをしていくことが望まれます。

  それぞれの人が持つ加齢に伴う健康上の問題やリスクがはっきりすれば、それに対して有効なアプローチを実践することができ、オプティマルヘルスを目指すことができるようになります。

  そしてアンチエイジング医学の実践にあたっては、このオブティマルヘルスの理解とともにアンチエイジング医学の知見の活用が重要です。
  今年の6月に日本抗加齢医学会総会(会長=斎藤一郎 鶴見大学歯学部教授)が横浜で開催されます。興味を持たれた方は、参加されてみてはいかがでしょうか。(学会事務局℡03ー5775ー2075)

(健康かながわ2012年2月号)

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