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健康かながわ

企業の組織づくり

効果的な組織づくり

わが国の企業従業員のうち、だいたい100~200人に1人が精神障害で現在治療を受けている。仕事上の強い悩み、困難を感じている者の割合は、1982年調査の51%から1997年には63%へと増加した。企業のメンタルヘルスは、従業員の健康と生活を守るために重要である。また、精神疾患やストレスによる医療費、雇用問題、生産性の低下に伴う費用はかなりの多額にのぼる。企業にとってもメンタルヘルスは、事故災害の減少、疾病休業の減少、生産性の向上、管理職による職場運営の支援など多くのメリットがある。しばしば企業のメンタルヘルスは、精神医学や心理学の専門家でなければできないような印象を持たれるが、実は専門家のみの手によって実施できるものでは到底ない。ここでは、企業の中で効果的なメンタルヘルスのための組織をどのように作ってゆくべきかについて考えてみよう。

企業のメンタルヘルスの組織

企業のメンタルヘルスの関係者には、従業員本人、職場の管理監督者・衛生管理者、健康管理スタッフ(産業医、保健婦、看護婦、心理相談担当者など)、専門スタッフ(産業精神科医、カウンセラーなど)、人事・労務、家族、治療担当医、同僚・友人などがある。 これらの関係者が互いに緊密に協力する必要があるが、特に管理監督者、産業保健スタッフ、専門家、そして社外の専門機関をつなぐ組織づくりが大切である(図)。

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職場の上司が、ある部下の精神的問題に気づいていたのに、どうすればよいか迷っている間に自殺に至ってしまったという話は決してめずらしくない。ある企業では、精神的問題で治療を受けた従業員の7割が上司により問題発見されている。企業におけるメンタルヘルスでは、日常従業員と接する機会の多い管理監督者と産業保健スタッフとをつなぐ経路を確保することが重要である。

産業保健スタッフは、上司から紹介されたケースについて相談・指導を行ない、必要なら外部の医療機関に紹介することになるが、精神的問題の診断や評価には技術が必要であり、また時間をとられるため、産業保健スタッフにとって負担になることが多い。そこで、産業保健スタッフや、場合によっては管理監督者が気軽に相談できるような専門家を企業として確保しておくのがよい。治療が必要かどうか、受診先はどこにすべきかについて助言をもらうことで、ケースへの対応はかなり円滑になる。

規模や事情に合った組織づくり

相談にのってくれる専門家を企業でどう確保するかは、事業所の規模や事情により異なる。最も推奨されているのは、常勤の精神科医またはカウンセラーを雇用、あるいは非常勤の嘱託精神科医に週1回程度来社してもらい、産業保健スタッフと連携しながら、メンタルヘルスを指導してもらう方法である。治療技術よりむしろ、関係者間の相談や調整作業を行ってもらえる専門家を確保するのがよい。週1日の契約で嘱託精神科医を雇用すると年間費用は300万円程度であり、一定以上規模の企業では十分にまかなえる額である。

わが国でも、近年一部の医療機関や健康診断機関が企業に対してメンタルヘルスの専門サービスを提供するようになってきた。このような方式は「従業員援助プログラム」(EAP)とよばれ、米国では広く普及している。EAP機関と契約、従業員数およびサービス内容に応じた費用を支払うことで、精神的問題を持つ従業員やその上司に対して専門家による相談・助言を随時受けることができる。EAPでは、社外で相談・カウンセリングを行うため、従業員が受診しやすいという利点がある。

最近の調査では、精神科医療機関の6割が一定の報酬をもらえるなら企業と契約を結んで相談などに対応してもよいと回答している。産業保健スタッフが、社外の特定の精神科医と連携して体制づくりをすればより安価に専門家を確保できる。治療が必要かどうか迷うようなケースや受診しないケースについて相談できることだけでも、上司や人事・労務担当者や産業保健スタッフの負担は大幅に軽減される。

組織づくりの注意点

相談した者の秘密が本人の了承なしに、人事・労務やその他の者に知られてしまう懸念があれば、従業員だけでなく職場の管理監督者も相談を利用しなくなり、メンタルヘルスの体制は無意味なものとなる。特に管理監督者から産業保健スタッフ、専門家への連携体制のために、相談者の秘密が守られることが従業員に対して明確にされていなければならない。医療法により守秘義務がある医療職(産業医、看護職)を最初の相談先に設定するのはこのような理由による。しかし本人の状態を改善するために職場の環境調整を行ったり、休職時や緊急時に会社に協力を求めるためには、人事・労務や職場上司と情報を交換しておくことも本人にとって利益になる場合もある。このような場合には、本人に理由を説明し、同意を得た上で、人事・労務その他に必要な情報を提供するのがよい。

メンタルヘルスのすすめ方

企業におけるメンタルヘルスの活動は、精神的問題を未然に予防するストレス対策(第1次予防)と、精神的問題をもつケースへの対応に大きく分かれる。後者はさらに、問題発見と初期対応(第2次予防)と精神障害者の職場復帰と再発予防(第3次予防)との2つにわけられる。通常は、比較的ニーズの高い問題発見と対処のシステムづくりからスタートし、次に同じシステムをもとにして職場復帰・再発予防のシステムづくりを進め、最後にストレス対策のためのシステムづくりへ進むことになる。

これまで、早期発見と対処を中心にメンタルヘルスの組織づくりについて整理してきた。これは、精神的問題を持つ従業員の職場復帰や再発予防にもそのまま生かせるものである。ケースへの対応では、管理監督者に教育啓発を行って、必要最小限の技術と健康管理スタッフや専門家との連携の仕方を訓練しておくことが重要である。ストレス対策では、さらに安全衛生、環境管理や福利厚生の担当者にも参加してもらい、より組織的、計画的に対策をすすめる必要がある。

最後に、こうした企業におけるメンタルヘルスの組織や活動は、企業全体で精神的問題に対する偏見が少なくならないと決してうまく機能しない。メンタルヘルスに関して、偏見を除き正しい認識を求めるための教育啓発活動は、地味ではあるがきわめて重要な活動である。

(健康かながわ1998年10月号)
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