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長寿のギネス記録 122歳のフランス女性

新しい年に明るい話題として、みんなが元気になれるように長寿の秘訣をとりあげた。長寿の秘訣は両親から受け継いだ遺伝素因があげられる。しかし、遺伝的要因だけではないようだ。長寿者は「くよくよしない」という性格の人が多いという。これならば、凡人もなんとかできそうだ。長寿の研究をしている白澤卓二・東京都老人総合研究所分子老化研究グループ研究部長に寄稿いただいた。

長生きの人のことを知ることは長寿の秘訣を探る上で参考になる。ギネスブックが世界一の長生きと認定したのはフランス人女性のカルマンさん。1875年2月、南フランスのアルルに生まれ、1997年8月に122才で亡くなった。カルマンさんの場合、いったい何が長生きの秘訣だったのだろうか?まず、彼女の遺伝的要因に注目したい。彼女の両親は母親が86才、父親が93才まで長生きしている。その当時の平均寿命をを考えあわせると、両親は相当の長寿者ということになる。カルマンさんは遺伝的に長寿に有利な要因を持っていたことになる。しかも、それは両方の親から引き継いだに違いない。

カルマンさんは結婚して娘を出産した。しかし、その娘イボンヌさんは1934年に死亡。夫も38年に、唯一の孫も63年にそれぞれ亡くなった。長生きしたカルマンさんを母や祖母に持ちながら、なぜ彼女の子孫は長生きできなったのか?カルマンさんと彼女の子孫の関係を考えると、長寿者になるには父親も母親も長生きであることが必要で、一方の親だけが長寿であっても十分でないのかも知れない。

ヒトの寿命が長寿の遺伝素因によって規定されているのではなく、短寿命の遺伝素因によって規定されている可能性もある。カルマンさんの夫が病気になりやすい遺伝素因を持っていたとすると、彼女の子孫がそれを受け継ぎ、長寿を全うする前に父親からの遺伝子が病気を発症して亡くなったとも考えられる。長生きしたカルマンさんと、彼女のようには長生きすることができなかった子供や孫との違いは、その辺にあるのかも知れない。

「くよくよしない」が長寿の秘訣

長寿の両親から受け継いだ遺伝素因のおかげか、カルマンさんの体はとても強かった。85才からフェンシングを始めたという。フェンシングは、動きの機敏性、相手の剣の動きを細かく追いかける観察力などか求められるハードなスポーツだ。100才を越えても自転車でアルルの街の中を快走していたらしい。卓越したバランス能力を保ち続けていたと見られる。  頭脳も終生明晰だった。「私って普通のご婦人でしょ!」などユーモアを持ち続けて120才の誕生日に自らの人生について語っている。学習、記憶など脳の高次機能を司る部分が十分に機能していた証拠だ。痴呆症状も見あたらなかった。脳の血管は衰えず、最後まで脳に十分の血液を送り続けていたようだ。カルマンさんの生前の様子を知れば知るほど、ヒトの脳は約120年間もの間、フル活動できる潜在能力を秘めているようだ。

カルマンさんの120歳の誕生日を祝うために世界中から集まった人たちに将来の事を聞かれ、次のようにウイットに富んだコメントを残している。 「私は最近、神に見捨てられてしまったのョ」 「これまでにできた皺は一個だけ、でも今でもその上に座っているのョ」 「勇気があるからどんなことにも恐れない」 「うまく行ったときはうれしかった。これまでに、しっかり正しいことのために行動したことに後悔はない。私の人生は本当に幸運だった。」 121歳の誕生日には「Times's Mistress」という回顧録を収録したCDを出し、その健全さを世界にアピールした。

情緒豊かに122歳の最も長い人生を全うしたカルマンさん。最後まで、他人を思いやる気持ちを大事にしていたとされ、亡くなる2年前にやめたタバコは、健康上の理由でなく、視力が衰え、タバコに火をつけるよう付き人にお願いすることに気を遣ったためだと、後に主治医が語っている。更に、カルマンさんに関する本の著者でもあるジャン・マリー・ロビン氏によると、「何かうまくいかない事があっても、気にしちゃダメよ」という彼女の言葉を引用して、「様々なストレスに対する強さ」が、カルマンさんの長寿の秘訣であったと考察している。カルマンさんの豊かな人生は、「打たれ強い」「くよくよしない」性格のご褒美だったのかも知れない。

新しい神経細胞が嫌な記憶を消す

嫌な思い出を忘れて楽しい出来事だけを覚えていられたらどんなに幸せだろう。昔の事などにくよくよしないことが長生きの秘訣とはよく聞く話だ。記憶と長生きとは何か関係があるのだろうか?
脳の中で記憶を司るのが海馬と呼ばれる部分だ。脳の神経細胞は長い間、大人になったら増殖しないと考えられていたが、成長した後も神経細胞は新たに誕生し続けていることがわかった。海馬では増えた神経細胞はどのような役割を果たしているのだろうか?専門家の間では「新たな記憶を獲得するのが役目で、だから海馬には新しい神経細胞になる神経幹細胞が多いのだ」と単純に考えられていた。

ところが米プリンストン大学のグループの最新研究では増えた神経細胞は新しい記憶を蓄積するよりも、むしろ古い不必要な記憶を消すのに一役買っている可能性を示唆している。
研究グループはアルツハイマー病の発症メカニズムを解明するため原因遺伝子の一つである「プレセニリン遺伝子」の働きを研究していた。遺伝子操作によってこの遺伝子を破壊してアルツハイマー病のように記憶を保てないようにしたマウスを作った。マウスは遺伝子破壊により、海馬で神経細胞を新たに再生させる力が衰えていた。

マウスの行動を詳細に観察した結果、意外にも嫌な記憶を忘れるメカニズムに関して重要な発見をした。このマウスは電流が床に流れていて不快な箱の中で飼育されていた。電流の流れのない別の飼育箱に移しても、以前の箱での嫌な記憶が忘れられずに、新しい箱になかなか入ろうとしなかったのだ。遺伝子操作をしていないマウスで同様の実験をすると、すぐに新しい飼育箱に慣れた。

実験結果から、動物が新しい環境に適応するためには古い記憶を消すことが重要らしいことがわかった。つまり、記憶を司る海馬では、新たに誕生した神経細胞によって新しい記憶を一時的に蓄積して、過去の記憶のうち残すべき記憶と不要で消すべき記憶を選別しているらしいのだ。
我々が夜、夢を見ているときには脳内でこの選別作業が行われているらしい。夜間の脳波の測定実験では夢を見ているときに海馬で特殊な脳波が観察されることもこの選別作業を示唆している。

百歳まで生きた百寿者といわれる長生きのスーパーエリートはくよくよ考えない楽天的な性格の人が多い。その前向きな性格でいくつもの人生のハードルを乗り越えてきたと語ってくれる。百寿の人のインタビューでよく子供の頃、学校で成績が良かったことや、先生に褒められたことをよく覚えていて、その話が武勇伝の様に繰りかえしインタビューの中で語られるのは偶然ではない。

マウスの実験を考えあわせると、くよくよ考えない長寿の人たちは脳の中でどんどん運神経細胞を再生させて嫌なことを忘れているのかも知れない。長寿のための処世術の一つ「くよくよしないこと」の分子機構が遺伝子レベルで解明されつつあるのかも知れない。カルマンさんが21世紀を生きる我々に伝えようとしているメッセージが、様々な形で我々に長寿の秘訣を語りかけている。

(健康かながわ2004年1月号)
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