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健康かながわ

今、話題のiPS細胞とは何か

さまざまな人体組織や臓器に成長する可能性を秘めた幹細胞。その中でも最近、テレビや新聞でよく目にするのが「iPS細胞」だ。新型万能細胞とも呼ばれ、病気やケガで傷ついた身体を蘇らせる「再生医療」の切り札と言われる。iPS細胞にはどんな特徴があって、将来は、医療にも本当に応用できるのだろうか。(読売新聞科学部次長・佐藤良明)

幹細胞

imageiPS細胞を知るためには、まず「幹細胞」について説明しておこう。少し前まで、再生医療と言えば「ES細胞」(Embryonic Stem cells=胚性幹細胞)だった。iPSの親戚?と思う人もいるだろう。いずれも幹細胞の仲間。作り方が違う。

ES細胞は、胚性という言葉が示すように、受精卵(胚)を人工的に細胞分裂させ、ある段階まで来た時に内部にある細胞の塊(胚盤胞)を取り出してさらに育てて作る。幹細胞は、臓器・組織の元になるとの意味で「幹」という言葉を使う。

ES細胞があるのなら、それを使えばいいじゃないと思うが、実は、その作り方をめぐって様々な意見がある。先に書いたようにESは受精卵を材料にしている。「生命の始まりである受精卵を壊すのは倫理的に問題」と思う人がいても不思議ではない。人の命を救う医療の進歩に貢献する。この大義の一方で、生命倫理もないがしろにできない、という状況にあるのだ。

ならば、受精卵を使わずに、別の方法でESと同じ万能性のある細胞を作れば、問題は一気に解決する。世界中の科学者がそう考えた。そして、京都大学の山中伸弥教授が世界で初めて実現した。それがiPS細胞だ。

iPS細胞とは

iPSは、induced Pluripotent Stem cells(人工多能性幹細胞)の略称。作り方はややこしいが大雑把に説明する。身体に普通にある細胞に、特殊な遺伝子を送り込んで、その細胞を「幹」の段階、すなわち、様々な臓器・組織に育ちうる状態まで戻した、と書けばわかってもらえるだろうか。

山中教授は当初、ネズミで実験を行い、4つの遺伝子を送り込むことでiPS細胞の作製に成功したと2006年に発表したが、研究は世界中で一気に進展、07年には山中教授らと海外の研究チームが、人間のiPS細胞の作製にも成功、と同時発表した。作製法もたちまち進化した。今は遺伝子と特殊な化学物質を併用することで「幹」の状態に戻すのに成功している米国の研究チームもある。

遺伝子を使う作製法ではまずいのか?
これは人間に応用していないので何とも言えないが、身体の中で秩序をもって成熟してきた細胞に、遺伝子を送り込むのだから、細胞に元々ある遺伝子の働きがおかしくなったり、送り込んだ遺伝子が悪さをする可能性はゼロではない。
遺伝子を送り込むのにウイルスを使うことから、このウイルスが染色体に変異を誘発し、細胞が癌化する危険性も指摘されている。いくら動物実験で問題なしという結果が出ていても、遺伝子を使わない、より安全な方法を求めて研究は進む。

iPS細胞の医療への応用は?

ではiPS細胞は、どのように活用されるのだろう。1月22日、国会議員の集まりである「再生医療を推進する議員の会」で山中教授が現状を報告した。
それによると、往年の大リーガーであるルー・ゲーリックが罹患したことで知られる神経の重病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の研究などに役立つという。

この病気は原因も含めて詳しい病態がつかめていない。というのも、死滅したり衰えた運動ニューロン(運動神経)が患者から見つかってはいるが、どういう経過でそうなるのかが、わからないのだ。従って治療法などにも手がかりがないままだ。
そこで、ALS患者の細胞からiPS細胞を作製すれば、運動ニューロンに育っていく過程で原因を解明できるかもしれないし、治療薬の開発にもつながる。ALS以外の重病でも同様の戦略が立てられ、国内外でパーキンソン病や筋ジストロフィーなどの研究が進んでいる。

こうした基礎研究も重要だが、実際の医療への応用はどうなのか?
iPS細胞は幹細胞の性質を持つ細胞なので、理屈の上では、さまざまな臓器・組織を作り出すことが可能だ。
ネズミの実験では、米国のマサチューセッツ工科大がパーキンソン病や鎌状赤血球症、京大・慶応大は脊髄損傷にそれぞれ取り組み、対象の細胞を作り出して治療に成功している。

治療に必要な臓器・組織を作り出すには、iPS細胞の分化をうまく誘導しなければならない。そちらの研究は発展途上で、例えば、肝臓など臓器を作り出して、傷んだ臓器を丸ごと取り換える、といった治療は、今のところ見通しは立たない。
先に述べた人間のES細胞が、米国のウィスコンシン大学で世界で初めて作製されたのが1998年。AP通信は先ごろ、米国のバイオベンチャー企業「ジェロン」が、米国食品医薬品局の承認を受けて、早ければ今夏にも、ES細胞を使った脊髄損傷の臨床試験に、世界で初めて乗り出すと報じた。

報道の通り今夏に患者への医療応用が実現するとして、作製から約11年かかっている。安全性、有効性の入念な確認が続けられてきた。iPS細胞にしても、今すぐに医療応用できる段階ではない。先の会合で山中教授は「成果を待ち望んでいる患者さんのために、今後10年間は研究に没頭できる体制が必要」と訴えた。
私たちは、過度の期待を持つのも、過度に悲観するのも、どちらも戒めて、再生医療に関する着実な研究成果の積み重ねを見守るべきなのかもしれない。

(健康かながわ2009年2月号)
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