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健康かながわ

2021年度第2回 かながわ健康支援セミナー(主催・当協会)が10月26日(水)「ナッジ理論で受診促進」のテーマでオンラインで開催された。講師に青森県立保健大学公衆衛生研究室・竹林 正樹氏を迎え、「人の行動は不合理 だ」という前提のもとに人間の行動を心理学・経済学の側面から研究する「行動経済学」からうまれたナッジ理論の具体論を学んだ、産業保健に関わる産業医や保健師など129人がリアルタイムに視聴した。

 感情のバイアスはナッジでコントロールできる

 ナッジは、「そっと後押しする」「軽く刺激する」という意味の英語で、受診促進の文脈では「自発的に行動したくなるように背中を後押しする設計」として使われる。
政府によるがん検診未受診理由の調査で、「たまたま受けていない」が1位を占めたように、検診に関心があっても最後の一歩が踏み出せない人が多くいる。この層を検診受診へと動かすには、正しい情報を伝えるだけでは限界がある。多くの人は認知バイアス(系統的な認知の歪み)の影響を受けるため、頭ではわかっていても望ましい行動ができないことが多い。受診へ促すには、認知バイアスとうまく付き合うことが求められる。キーとなるのは「感情」と「理性」。人の判断の大半は、感情システムが行う。感情は象のように巨大で本能的で強力である(図)。一方、理性は「賢い調教師」のイメージである。感情だけでは手に負えないときだけ出現し、合理的な判断を行うが、多大なエネルギーを必要とする。このため、日常的な判断は感情が担当した方が効率的である。その反面、感情による判断は、認知バイアスの影響を受けやすく、同じ情報を得たにもかかわらず、状況やタイミング、表現によって、判断が大きく変わることもある。 

認知バイアスのうち、代表的なものを紹介する。①事前に受けた刺激がその後の判断や行動に影響する「プライミング効果」。同じ内容を聞いても、頭を上下に揺らし、うなずいているような動作をして聴いたグループは、頭を左右に揺らし、拒絶しているような動作をしたグループよりも賛成者が有意に多かった。②記憶に基づく物事の評価は最も感情が動いたときと終了時の印象で決まる「ピークエンドの法則」。③失うストレスが得る喜びを上回る「損失回避バイアス」。これは行動を変えたがらない「現状維持バイアス」にもつながる。
多くの行動変容は、「古い習慣との決別」と「新しい行動を入手」の2段階から成る。理性は新しい行動を得るメリットを理解しても、感情は今まで愛着のある行動を手放すストレスをそれ以上に強く感じる(図)。
このため、結果として現状維持となることが多い。行動がなかなか変わらない相手には、認知バイアスの影響に沿った策を講じることで、必要がある。

認知バイアスは法則性があるため、「人がどう行動するのか」はある程度予測できる。これにより、行動の障壁になるバイアスにブレーキをかけ、行動を促進するバイアスを味方につけ、望ましい方向へと行動を設計できるようになった。この設計がナッジである。例えば、前述①のプライミング効果に沿って、ナッジの利いたスピーチを設計してみる。最初に相手の受け入れ態勢を整えてから、メインの話題を始めることで、相手は肯定的に受け止めるだろう。逆に、相手の受入態勢が整わないままメインの話題に入ると、内容が同じでも拒絶される可能性が高まる。

 ナッジ実践時のポイント

ナッジの設計には、EAST(Easy(簡単で)、Attractive(魅力的で)、Social(規範に訴え)、Timely(タイムリー))が重要であり、厚生労働省も検診受診促進策として推奨している。 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04373.html

●Easy 感情は面倒くさいことを嫌がり、すぐに行動を後回しにする傾向がある。特に検診では情報過多が行動の障壁になりやすく、検診チラシは、シンプル化にすることが重要である。①見出しは14文字以下(Yahoo!ニュースの見出しも14文字以内)②メッセージは相手が本当に必要な情報に絞り、正論でも役に立たないことは削除(特に正論の連発につながりやすい「~ましょう」には注意)を心がけるだけで、相手に伝わりやすくなるだろう。

●Attractive まずは「今ある魅力」を具体的に伝えるのがよい。例えば「検診無料」と表記すると、「安かろう悪かろう」ととらえる人もいる。このため、「通常20,000円かかる検診が今なら無料」に変えることで、行動の確率が高まる。

●Social 人には「社会的規範から外れたくない」という同調心理がある。この心理は、受診促進へと活用したいが、実際には間違った使われ方をする場合もある。例えば日本のがん検診受診率の低さを強調した広報が見られる。これは、受診しようか迷っている人には「皆が受けるようになってから受けよう」と先送りを助長する可能性が高い。実際には受診率は増加傾向にあるので、それを強調したポジティブな表現に変えることで、「私も受診しよう」と考える人が増えるだろう。

●Timely 情報を受け止るタイミングによって、人の判断は左右される。例えば、便に最も心を開く場所は、トイレの個室であろう。そこで、大腸がん検診(検便)の受診案内をトイレの個室に掲示すると、受け入れられやすい可能性が高い。  ナッジは最初の一歩を踏み出すの には向いている。さらに行動を定着、加速させるには、健康教育によるヘルスリテラシーの向上も併せて行っていく必要がある。
一方、説得型の健康教育は、どうしてもつまらないものもある。ここで、ナッジを組み合わせると、シンプルで魅力的に、皆と一体感を持ちながらベストタイミングな健康教育になり、行動につながる可能性が高まる。ナッジは新しい学問で、日本での実践例は少ない。これからどう育っていくかは私たちの手に委ねられている。ぜひ皆様と一緒に、ナッジを使った受診促進を広げていきたいと、心から願う。    

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