法人向けサービス
前のページへ戻る HOME > 法人向けサービス > 健康情報(法人向け) > かながわ健康支援セミナー>コロナ禍における生活習慣病対策~糖尿病専門医と産業医の立場から~
 

健康かながわ

2022年度第1回 かながわ健康支援セミナー(主催・当協会)が9月16日(金)「コロナ禍における生活習慣病対策~糖尿病専門医と産業医の立場から~」のテーマでオンライン開催された。講師にベーシカル・ヘルス株式会社代表取締役で糖尿病専門医の佐藤文彦氏を迎え、最近よく耳にする「Clinical Inertia(クリニカルイナーシャ)」や血糖値も体重も下がる新薬等、最新の糖尿病治療・管理の情報を提供していただいた。当協会に健診を委託している企業団体から85名の産業医・保健師らが参加。

血糖コントロールでコロナ重症化も予防

 コロナ禍で糖尿病患者の受診控えが懸念されたが、健康保険組合連合会の調査では全国における受診者数の減少はほとんど見られず、専門医による質の高い患者指導の効果がうかがえた。中国で実施したコロナ患者7,337人の血糖コントロール状況ごとの死亡率調査では、入院1カ月後に死亡したのはHbA1c8%以上の患者で、HbA1c7%以下の患者は回復して退院に至っている。つまり2型糖尿病であった患者がコロナで重症化しないためには、良好な血糖コントロールが有害アウトカムおよび死亡の有意な減少と関連することが明らかとなり、コロナ禍においても、血糖コントロールと通院継続の重要性を再確認する機会となった。
 次に佐藤氏が取り上げたのが、日本糖尿病学会で話題になっている「Clinical Inertia(クリニカル イナーシャ)」。これは医療者が患者に治療強化の必要性があると認識していながら、これまでの治療を続けてしまうことを意味する。要因として「医師側要素」(患者に忖度し過ぎたことによる、初期治療の失敗、インスリン導入見送りや投与量不足等による治療の失敗などが50%)、「患者側要素」(低いリテラシー、医師とのコミュニケーション不足などが30%)、「オフィスシステム的要素」(臨床ガイドラインがない、ITツールの非導入、意思決定支援がないなどが20%)が考えられる。職域での対応策としては、健保には医師がいないからとただ諦めるのではなく、糖尿病専門医の支援・介入を依頼し、保健指導等を定期的に積極的に見直す提案がなされた。

専門家不在の弱点を克服し、治療の質の底上げを

 糖尿病治療を取り巻く状況は大きく進化している。ヘルスケアアプリ・IoTが医療機関と産業保健との橋渡し役を担い始めており、血糖測定、血圧、運動評価などを遠隔でもフォローできるようになってきた。これは、もはや「『ヘルスケアはほぼ医療』といった時代に突入した」と言っても過言ではないだろう。
進化の一躍を担っているのが血糖測定関連機器。FGM(Flash Glucose Monitoring)は、皮下の間質グルコース値を持続的に14日間測定できるセンサーを上腕に留置し、ICカードのように、このセンサーにスマホをかざすことでその値を24時間いつでも確認できる医療機器で、今年度から保険適用される糖尿病患者の範囲が拡大し、インスリン療法を行っている全糖尿病患者が対象となった。しかし万が一、職場で低血糖になっても血糖値の変動に対応できるのは基本的に糖尿病専門医に限られているため、今こそ一般企業の産業保健の弱点である「専門家不在」を改善し、全国の専門医と企業・保険組合が密に連携できる体制作りが急務となってきている。

専門家不在の弱点を克服し、治療の質の底上げを

 糖尿病治療薬の発展も目覚ましく、これまでは血糖値は下がっても体重が増えるというデメリットがあったが、尿から糖を出すことで血糖値低下と体重減少が可能なSGLT2阻害剤をはじめ、食欲抑制も担うGLP-1阻害薬も、いよいよ注射薬だけではなく、経口薬であるセマグルチドやが登場した。SGLT2阻害剤については、投与群の心血管死が約38%減少したと報告され、心不全治療薬としても世界中で使われ始めている。しかし一方で、我々が調査し、日本産業衛生学会で発表を行った、職域の医療スタッフを対象とした「患者説明自己評価質問調査」では、糖尿病治療薬の説明は5点満点中2点未満の人が多いのが現状であった。保健指導に携わる産業医や保健師・管理栄養士達が、社員に自信を持って説明するために必要な最新の糖尿病・生活習慣病に関する知識を身に付ける、教育機会の提供も必須であることが伺える。
また、すべての人達に対して目指すべき糖尿病治療とは、低血糖を起こさない・動脈硬化の進展を抑制する・膵機能のインスリン分泌機能を保持する・体重を増加させないことであり、これらすべてを網羅してこそ「質の高い糖尿病治療」だと佐藤氏は言う。これを実現するためには、薬物療法、食事療法、運動療法を軸に患者の経済状況や文化的背景に合わせたオーダーメイド的対応が求められる。薬物療法は医療の領域だが、食事と運動における行動変容に必要な患者とのコミュニケーションについては、職域でも十分取り組むことが可能であるので、これまで以上に積極的に関わっていきたい。

食事療法を守れば大きな効果が期待

 残念ながら未だに広く周知されていないのだが、実は、糖尿病患者の死因第一はがんである。その中でも、特に肝臓がん、膵臓臓がん、大腸がん、食道がん、子宮体がん、乳がんなどによる死亡が増えている。さらに、中年男性で運動習慣がなく体力の低下したメタボリックシンドローム該当者の場合、すでに大脳白質の変化が生じている人がいることを我々は報告し、これにより、同世代の中で先に認知症発症リスクが上昇する可能性が示唆された。
 また、メタボリックシンドロームの人に行動変容を促すには、たとえば「体重100kgの人が、何㎏痩せたらこれだけ健康リスクが改善した」という具体的な数値を示すことが極めて重要である。我々が行った、都内で働く男性サラリーマンの介入研究事例をあげると、30歳代~40歳代の男性20名、BMI30以上の肥満・メタボリックシンドローム患者該当者に3カ月間の減量プログラムを実施。週に一度2時間の個別での運動指導、管理栄養士による食事指導を行った結果、平均体重99.9㎏が-6.1㎏、ウエスト-4.4㎝、肝臓内脂肪は-36%まで減少。空腹時血糖値、中性脂肪、拡張期血圧も正常値に戻り、約6㎏の減量で明確な健康効果が認められた。これにより、5~6%のマイルドな減量であっても、思った以上に採血データ等が改善することが明らかとなった。

 こうした日本における医学的臨床研究で得られた数値や、各種ガイドラインに書かれている最新の医学的エビデンスや基準値を大いに活用し、日頃の生活習慣病改善のアドバイスを行っていくことが、産業保健領域における「クリニカル イナーシャ」を是正し、クオリティの高い保健指導を行うことに繋がっていくと考えられる。 以上のように、令和の時代のヘルスケアにおいては、社員の健康増進と予防対策のためには、「企業・健保組合」、公衆衛生・産業衛生の専門医による「ポピュレーションアプローチ」、糖尿病・生活習慣病の専門医による「(ハイ)リスクアプローチ」が、常日頃から積極的に協力し合う体制作りをしっかりと整えていくことが、強く望まれるようになってきていると言えるのではないだろうか。


中央診療所のご案内集団検診センターのご案内