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健康かながわ

2023年度第1回 かながわ健康支援セミナー(主催・当協会)が7月12日(水)「若年性認知症について考える」のテーマでオンラインにて開催された。参加者は、産業保健に関わる産業医や保健師など104人が視聴した。

セミナーは2部構成でおこなわれ、はじめに『認知症とともに生きる』、講師は若年性認知症当事者である丹野智文氏より、39歳で若年性認知症と診断されてから現在まで10年間の経験と支援者に伝えたいことを当事者の視点からお話しいただいた。

次に『若年性認知症~生活・就労への影響と就業配慮~』、講師は産業医科大学病院 認知症センター部長 池ノ内篤子准教授、若年性認知症の基礎知識、生活・就労への影響に加え、職場での就業配慮、社会制度、支援策等についてレクチャーしていただいた。

第1部・認知症とともに生きる
 講師 丹野智文氏

 39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された当初、アルツハイマーイコール終わりと思っていたと語る丹野智文さん。車のトップセールスマンだった丹野さんは、会社の理解を得て事務職に異動し、自身でもさまざまな工夫を凝らして今も仕事を続けている。

 若年性認知症は”終わり”ではなく、新たな人生の始まり

 就労の継続を認めてもらったとはいえ、認知症になって新たな部署で働けるか不安があったという丹野さんは、認知機能の衰えをカバーするためにまず2冊のノートを用意した。1冊には仕事の段取りを書き留めて、もう1冊には今日やること、やったこと、聞いたことなどをメモしてすべて完了したら「OK」と書き業務に支障が出ないように工夫を凝らした。また、自分ができること、できないこと、やりたいことを職場の人にきちんと伝えて周りに理解してもらえると仕事がしやすくなったという。
 
 丹野さんに力を与えたのは、笑顔で元気に生活する当事者の存在だ。「認知症を悔むのではなく、認知症と共に生きる道を選ぼうと決意。認知症になって家族と過ごす時間が増え、たくさんの人の優しさに触れた。悪いことばかりではなく、アルツハイマーイコール終わりではないと気づいた」という。

できることを奪わない支援が進行を遅らせる

 若年性認知症の当事者として伝えたいことの一つが、すべてを奪わない環境と病気に対する正しい理解だと丹野さんは語る。「重度になると介護が必要だが、認知症初期はできることが多くある。何もできないと決めつけて行動を制限すると、工夫と自立心を奪い本当に何もできなくなってしまう。周囲の人は時間がかかっても根気よく待つ、1回できなくても次はできると信じる気持ちを持ち、失敗しても怒らないことが当事者の気持ちを安定させて進行を遅らせる」と感じている。

 何でも自分でやるのが自立ではなく、自分の意見をはっきり伝え、サポートしてもらいながらできることは自分でやるのが真の自立だと丹野さんは考える。診断直後から財布や携帯電話を取り上げられるケースは少なくない。そうすると外出先で道に迷っても助けを求めるという発想がなくなるので、命を守るためにも使い続けるのが望ましい。

最優先するべきは当事者の意思

 支援者の在り方にも課題を感じており、「当事者の意思を無視して施設や精神病院に入れられてしまうことがある。サポートは家族の困り事の解決が優先ではなく、当事者の暮らしをよくすることを中心に考えてほしい。病院や役所は介護保険の話だけでなく、当事者の声に耳を傾ける努力を」と訴えた。

 若年性認知症は恥ずべき病気ではなく誰もがなり得る病気なので、物忘れが激しくなるなど異変を感じたら速やかに受診し、診断後は適切な支援とつながれる体制作りが必至と言える。


第2部・若年性認知症〜生活・就労への影響と就業配慮〜
 講師 池ノ内篤子氏

 若年性認知症は18歳から65歳未満で発症する認知症を指す。現在、全国で35,700人が発症し、高齢者の認知症が女性で多いのに対して、若年性認知症は男性に多く平均発症年齢は54.5歳と言われている。発症時期が仕事、子育て、親の介護時期と重なり、自分の役割を果たせない不完全感を抱えやすいという問題がある。

 職場ではまず、当事者の変化に気づいた時点で早期受診を勧めるのが重要である。気をつけたい変化には、商談の内容を思い出せないなど今までやっていた仕事における支障、うつ病のような症状、焦りから出社時間が早まる、道に迷い目的地に辿り着けないなどが挙げられる。業務を軽減しても改善が見られなければ、かかりつけ医や若年性認知症支援コーディネーターに相談して専門医につなげたい。

就労継続の鍵を握る職場での支援策

 若年性認知症の就労状況を見ると、診断確定時に仕事を続けている人は50.6%、約2.5年後には11.7%に減り多くは退職または解雇されているのが現状だ。認知症は軽度認知障害から初期の軽度障害の間は仕事の継続が可能で、できるだけ長く働ける状況を作るには職場での合理的な配慮と支援が問われる。

 就労を続ける際は、働ける状態にあるか、就労に対する本人と家族の希望を確認し、職場における疾患開示の程度などを当事者と十分に相談する必要があり、地域障害者職業センターに配置しているジョブコーチと支援策を検討することも可能だ。休職、退職においてもさまざまな支援(資料1参照)があることを理解しておきたい。  

ネットワークを構築し、多様な視点で支える

 若年性認知症のケアは主に介護者が配偶者中心になりがちだか、異変に気づいたときから在宅・施設入所に至るまで段階に応じて外部の相談先および自立支援医療制度といった、利用できる社会資源を把握しておく必要がある(資料2参照)。
 
 支援を行う際は当事者の思いを尊重することが重要だが、病気が進行すると認知機能の低下によりそれが難しくなり、医療面、社会生活面、日常生活面での意思決定支援が必要になる。当事者を交えて今後の方針を話し合う際は、心理的に安心安全な場作りに努めて時間的余裕を持って対話し、具体的な支援策を検討したい。また、家族以外の支援に関わるキーパーソンを加えて話し合い、支援者が意見・情報の交換ができるネットワーキングの場にしていくことが重要である。

 主治医を中心に看護師、心理士、若年性認知症支援コーディネーター、産業医などが連携できると、多様な視点からの情報が得られてさまざまな切り口からの支援が可能となり、当事者と家族の安心につながっていく。ネットワークの構築は当事者の状況に応じた支援を提供し、仕事と病気の両立の可能性を広げるうえで不可欠と言える。
(2023.7.12)

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