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健康かながわ

 かながわ健康支援セミナーが8月20日、神奈川中小企業センタービル・ホールで開催された。このセミナーは企業・団体で産業保健活動に携わる方々を対象に、最新の産業保健・健康管理の情報を提供するために当協会が主催し、年7回ほど開催している。

今回のテーマは「メンタルヘルスの法的側面」~判例・裁判所からの企業リスクを考える~。講師に吉野聡・吉野聡産業医事務所所長(写真)を招き、いま企業で求められるメンタルヘルス支援システム、特にその法的側面に焦点をあてた解説をいただいた。参加者は118人(112団体)。

 23社の企業で精神科を専門とする産業医として活動をしている吉野先生。先生は精神保健指定医の資格を持つ臨床経験豊富な精神科医である。その吉野先生が講演の冒頭で「主治医の診断書を重視しすぎていませんか?」と参加者に問いかける。

  主治医の診断書によって、企業はメンタル疾患を持つ社員の休職や復職といった就業上の措置を決定していくが、企業があまりにも主治医の診断書に振り回されすぎているのでは、と問題を提起する。
  主治医は患者からの情報のみで診断書を書かざるを得ない。患者本人が「復職をしたい」といえば本人の希望と病状を鑑みて「復職可」の診断書を書く。

  吉野先生が驚いた診断書に「ストレスの無い職場への配置」を復職の軽減勤務の条件にあげてきた主治医がいた。このエピソードには会場からも苦笑がもれる。「ストレスの無い職場などないので、私は産業医として復職を許可しませんでした」と吉野先生。

  企業が主治医の診断書に振り回されてしまう背景には「安全配慮義務の重視」がある。平成12年の電通事件判決以降、企業は社員からの訴訟リスクもあり、安全配慮義務を過重に考慮してしまう傾向がある。

  そこで吉野先生は「労働契約の本質」にたちかえることを提案する。労働契約では労働者は労務を提供し、使用者はその対価として賃金を支払う。その労働契約にはいくつかの付随義務が発生するが、安全配慮義務はそのうちのひとつに過ぎない。(図1)。

バランスのとれた労務管理

 安全配慮義務を重視しすぎ、例えば前述の「ストレスの無い職場への配置」といった就業上の措置をしたとしよう。復職して満額の給与を企業が支払っているのであれば、これは労務提供の対価としての報酬と労働の不均衡が発生している。
  この影響は健康に働いている社員のモチベーションの低下を引き起こす。端的にいえば、半人前の仕事しかできない人がいれば、その分1・5人分の仕事をしなければならない人が生まれる。これは秩序ある職場規律の崩壊を招く。

  その逆に、労働契約の履行を重視しすぎて、働けない人をすぐ解雇するようなことを企業がしてしまうと労働者には「使い捨て」られる意識が生まれる。こういった環境下でも健康に働く社員のモラルは低下してしまう。

  吉野先生が提唱するバランスのとれた労務管理とは「社員が安心して全力で働ける労務管理」である。そのためには、公平で透明性のあるメンタルヘルス支援体制の構築が欠かせない。
  「一生懸命、働いている社員を支援するメンタルヘルス支援が必要です」と吉野先生はいう。真面目に働く人がきちんと報われ、(休職や復職といった)制度のズルを許さない労務管理が今、求められているのである。

  こういった労務管理が求められている背景のひとつが今、マスコミでも喧伝されている「新型うつ」の出現である。吉野先生は「現代型うつ」と呼称するが、仕事はできないが遊びはできる、休職を自らすすんで取ろうとする、他罰的で権利意識が高い、といった現代型うつに対応するためにも「公平で透明性のあるメンタルヘルス支援体制」が必要になっているのだ。

機能性を評価する

 大切なのは、企業でメンタルヘルス問題に対応するときには「疾病性」を評価するのではなく、「機能性」を評価することである。機能性評価の基本は、労働契約の本旨に従った労務提供ができるかどうかである。
  よく産業医がメンタルヘルスに詳しくないのでメンタルヘルス対策がうまくいかない、という悩みを持つ産業保健・人事労務スタッフの方がいる。

  しかし、産業医はメンタルへルス、特に疾患に関する深い知識が必要かといえばそうではない、と吉野先生はいう。
  産業医は業務遂行能力の評価をするのであり、疾病の診断をするわけではない。「普通に働けるか」を機能性に評価できればよいのである。(図2)

必要な制度は?

 そういった意味では主治医が「復職可」と診断書を書いてきても「機能性」を評価した場合、復職させない事例も当然、出てくるであろう。
  この判断は誰がするのか。答えは「事業者」である。産業医でも人事部長でも上司でもない。復職不可の判断結果を特定の個人の責にしてしまうと色々な問題がでてくる。「(復職を希望している)本人に恨まれたくない」という感情が生まれれば、適切な判断ができなくなってしまうだろう。

  このため吉野先生は復職に関する意思決定は合議体(健康審査会、復職判定委員会等)を組織することを勧めている。
  また就業規則の改編も重要なポイントになる。従来型の結核等による長期療養制度からの転換を図っていく必要があるからだ。

  具体的には①休職命令の設置②会社指定医師(産業医等)への受診命令の設置③リハビリ勤務制度の設置④休職期間の通算規定の設置などである。

  就業規則の改編にあたっては「就業規則の不利益変更(労働契約法10条)」にあたらないよう、充分留意して行うことはいうまでもない。

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