情報サービス
前のページへ戻るHOME > 情報サービス > 健康かながわ > バックナンバー > 食事で大腸がんを予防
健康かながわ

食事で大腸がんを予防

食物繊維は多くとる

食生活の変化と共に大腸がんが増えてきた。この病気で亡くなる人は年間三万二千六百三十人(九六年)と現在は胃がん、肺がんに次いで三位だが、二一世紀にはトップになりそうな勢いだ。食物繊維の摂取量が減り、動物性脂肪を多く食べるようになったのが原因と言われる。

「今思えば、野菜類はあまり食べませんでしたね」と反省するのは、女優の中原ひとみさん(六一)。昨年十二月に結腸がんの手術を受け、すでに仕事に復帰している。二週間の入院中、病院食にはびっくりした。「病院食の一人前の野菜が、我が家の家族全員の量なんですから」。意識していないと、野菜の摂取量はどうしても少なくなる。

大腸がんに対し、長年日本人の消化器がんを代表してきた胃がんは、近年若い層では死亡者が減ってきている。こちらは塩蔵食品の摂取量の減少と歩調を合わせており、「電気冷蔵庫が普及すると胃がんが減る」とも言われる。病気と食生活の関係が深いことを指す「医食同源」。なぜ、食生活の変化が大腸がんを増やすのだろうか。 古くから薬売りで名高い富山市のはずれにある富山医科薬科大。ここで成人看護を指導する田沢賢次教授は消化器が専門の外科医だが、腸内の細菌や酵素の働きにも注目してきた。

「食生活の変化は腸内細菌を変化させるのです」と説明する。腸内には百種類、百兆と言われる細菌がいて、様々な役割を果たしている。便は食べ物のかすが排せつされるものだが、実はその三分の一は細菌類だ。

細菌の中でも、おなじみのビフィズス菌や乳酸菌などはビタミン合成や消化吸収、感染防御などに有用な役割を果たすため「善玉菌」とされ、「悪玉菌」と言われる大腸菌やウェルシュ菌などは腸内に腐敗をもたらす。

「肉類のたんぱく質が増えると悪玉菌が優勢になり、腸内の腐敗が進みます。本来、アミンや硫化水素などの腐敗毒素は腸で吸収され血管を通って肝臓で解毒されます。しかし、腐敗がひどいと酵素と反応し元の毒素に戻って、腸と肝臓を再循環し発がん物質を蓄積することになります。肉の摂取が多いと、このように腸内の腐敗菌が排出されにくくなるのです」と指摘する。

そうした問題を解決するのが、食物繊維を多く含む野菜や果物を多く取ること、と田沢教授の話は続く。

野菜などの食物繊維は人の消化液では消化されないため、便の量を増やす。これにより発がん物質が希釈される。さらに化学物質を吸着し、善玉菌のえさとなり増殖を促すことで、便通を良くし、便が腸管を通過する時間も短縮される。大腸のスカベンジャー、つまり掃除屋が食物繊維というわけだ。

また、田沢教授は果物に含まれる食物繊維ペクチンの免疫機能活性化作用も研究してきた。大腸がんのネズミを使った実験では、毎日10%のリンゴペクチンを食べさせたネズミは肝転移が抑制されたという結果が出ている。レモンのペクチンでも試したが、リンゴの方が効果は高かったという。

野菜は生でなく加熱して食べる

image一方、生化学の立場からがんと食物の関係を研究する熊本大医学部の前田浩教授(微生物学)はもう一歩踏み込んで、食物繊維を含む野菜の効用を語る。  「肉類の脂肪を多く取ると便に過酸化脂質が発生し、赤身の肉に含まれる鉄と反応すると、化学的に電子が一つ多い過酸化脂質ラジカルという状態になります。これが遺伝子のDNAを切断することが、実験から分かっています」。がんはいくつもの遺伝子の変異が引き起こす病気だ。

野菜が持つフラボノイドやポリフェノール、クロロフィルは、この脂質ラジカルを中和する物質を持つ。そこで前田教授は、野菜を生ではなく、加熱して食べるよう強調している。

山盛りの生野菜を食べても加熱すると量はわずか。しかも、生野菜では野菜の有用な成分があまり吸収できない。生のままでは植物の細胞壁が破れず、有用な成分が外に出て来ないためだ。

前田教授はこうした観点から、野菜スープを勧める。加熱することで、野菜の成分がスープに出てくるのが理由だ。ビタミンCなどは加熱しても多くが温存されるという。

これまでに様々な食品について、医師や専門の研究者が科学的にがん抑制効果を指摘してきた。野菜や果物ばかりではなく、キノコ類、青背の魚、緑茶、しょうが……。国立がんセンターの医師がまとめた「がん抑制の食品」(法研)という本も参考になる。

しかし、いずれも試験管やネズミを使った実験によるもので、多様な食物を日々食べている人間のがんが、食生活を工夫することで、予防できるかどうかはまだ、証明されているわけではない。

今年一月、「食物繊維関連物質による発がん予防は実用化できるのか」というテーマで、がん治療の一線にいる医師たちが神奈川県の箱根に集まった。

参加した大阪府立成人病センターの石川秀樹主任研究員は現在進行中の臨床試験について報告した。大腸ポリープを切除した二百人を対象に、食物繊維の小麦フスマ三〇%を含むビスケットを毎日二十五グラム食べる人と食べない人とに分け、前がん病変であるポリープのその後の発生を調べる。九三年から八年間継続して行っている。  「いい結果が出るものと期待しています」と石川主任研究員。会議では効果を前提に「どのように実用化するかが問題」などと踏み込んだ議論が展開したそうだ。

国立がんセンター研究所支所疫学研究室の佐々木敏室長は「大腸がんの増加には、食事に加え、運動不足など様々な要素が複合していると考えられますが、食物繊維の摂取量を増やすことが、予防に役立つ可能性は高いでしょう」と話している。

医療現場で「食による予防」が実用化するには、まだ時間が掛かりそうだ。それでも、予防に役立つことは今すぐにでも実践したい。先の田沢教授は肉類の摂取を控え、野菜中心の食事にリンゴ一個を日課にしている。前田教授はもちろん野菜スープを取るよう心がける。

大腸がんを経験した医師の言葉にも耳を傾けてみよう。日赤看護大の竹中文良教授は日赤国際医療センターの元外科部長で、八六年に結腸の進行がんの手術を受けた。

「がんになって、それまで好きな物ばかりを食べ、偏食していたことに気づきました。野菜はあまり食べませんでしたね。病気をしてから、食生活は随分変わりましたよ」。妻の配慮もあり、食事に野菜が増え、乳酸菌を含むヨーグルトも日課になった。

「食に気を配ると同時に、便の方も注意していただきたい。二日に一度のペースが三日も出なかったり、便が細くなったり、習慣の変化に注意して下さい」と竹中教授はアドバイスする。

意識して加熱した野菜や果物を食べ、排出されるものにも気を配ることが、大腸がんの予防に役立つ、と考えて良さそうだ。

(健康かながわ1998年3月号)
中央診療所のご案内集団検診センターのご案内