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健康に100歳まで生きる─米国の長寿研究レポート─

死ぬまでに宇宙飛行したい

昨年十一月二十九日、七十七歳のジョン・グレン米元上院議員がスペースシャトル「エンデバー」に乗って、史上最高齢の宇宙飛行に旅立ちました。シャトルには日本の女性宇宙飛行士、向井千秋さんが「船医」として搭乗しており、日本でも大きなニュースとして報道されましたから、みなさんも記憶に新しいことでしょう。

グレンさんが宇宙に飛び立ったのと同じ日、米中部のカンザス州では、八十六歳になるハーマン・スターンさんが、地上の五倍の重力を体験する遠心加速装置に挑んでいました。この重力はシャトル打ち上げ時の重力を上回るものです。

元弁護士のスターンさんは、民間の宇宙博物館「コズモスフィア」が高齢者向けに行っている宇宙飛行士の疑似体験コースの参加者でした。訓練を受けたからといって、本物の宇宙飛行士になれるわけではありませんが、ここには「死ぬまでに宇宙飛行をしてみたい」という元気な老人たちが全米各地からやってきています。

百歳以上が日本の二倍

image米国は日本と同様、高齢化社会を迎えつつあります。日本では昨年、百歳以上の高齢者が一万人を超えましたが、米国はすでに約四万人います。人口に対する比率を見ると、日本の二倍で、二〇五〇年には百歳以上の老人が現在の約二十倍にあたる八十万人を超えるとみられています。

こうした「超高齢化社会」を迎えると、医療費の増加など様々な課題が生じてきます。しかし、米国にはスターンさんのように、「元気いっぱいに長生きしよう」と意欲満々の中高年者がたくさんいます。とくに五十歳前後のベビーブーム世代の人たちは、長生きに対する関心が高いようです。長寿をテーマにした雑誌や書籍も次々と出版されています。

そんな熱気に促されるように、米国では長寿医学の研究に拍車がかかってきました。
米国立老化研究所は全米の大学などに年間五億ドル(約六百億円)を超える研究助成金を出しています。多くの研究者が目指しているのは、「百歳まで健康に生きる」ことです。一昔前なら、寝たきりになってまで長生きしたくないという人が多かったのですが、米国では現実的な目標を考える研究者が増えてきています。

遺伝子の操作で寿命を40%伸ばす

しかし、先進国で七十歳から八十歳くらいに達した人間の平均寿命はもっと伸ばすことができるのでしょうか。
動物や細胞のレベルでは、寿命の延長はすでに実現しつつあります。

カナダの研究者は、遺伝子を操作することによって、ショウジョウバエの寿命を約四〇%伸ばすことができたことを明らかにしています。人間の体にも有害な活性酸素などへの抵抗力を強めたのが功を奏したようです。

マウスやラットは食事を減らすと寿命が30%程度延びることもわかっています。
その謎を遺伝子から探っている米テキサス大のアーラン・リチャードソン博士は「食事制限すると老化の進行が遅れ、がんにもかかりにくくなります。そのうえ、腹一杯食べているマウスよりも元気なのです。その理由を遺伝子のレベルから突き止めようとしています。また、食事制限が有効なのは比較的短命なマウスやラットだけなのか、それとも人間にも効果があるのかどうかを知りたいと思っています」と話しています。

ベンチャー企業

一方、米カリフォルニア州にあるベンチャー企業ジェロン社は昨年、人間の細胞の寿命を延ばすことに成功したと発表しました。人間の皮膚などの細胞は普通なら五、六十回分裂して死んでしまうのですが、分裂回数を約二十回増やすことに成功したのです。生殖細胞がつくる特殊な酵素を細胞に注入したのが寿命延長の決め手だったようです。

細胞の寿命延長は、老いた組織や臓器の若返りにも期待を抱かせる成果です。若々しい肌を保つこともできるようになるかもしれません。

ただ、細胞の寿命が延びることは必ずしもいいこととは限りません。米国立バークレー研究所のジュディス・キャンピジ博士は「細胞に寿命があるおかげで、がんを防げることも分かってきました」と指摘しています。

細胞はがん化すると無限に分裂を繰り返し、増殖を続けます。正常細胞は自分の寿命がくると「自殺」することでがんを抑え込んでいるというのです。細胞のがん化を抑えつつ、細胞の寿命を延ばすことができるかどうかが今後の課題の一つになりそうです。

米国の老化研究の第一人者である南カリフォルニア大のカレブ・フィンチ博士も「過去五年間の研究ではっきりしてきたことは、老化のプロセスを理解することなしに、がんができる理由を理解することもできないということです」と指摘しています。

長寿研究は始まったばかり

人間の老化となると、さらに複雑な要因がからんできます。ショウジョウバエやマウスで寿命を延ばせたからといって、その方法が人間にも有効とは限りません。平均寿命が七十、八十歳に達する人間の場合、実験の結果がすぐには分からないという難しさもあります。長寿研究はまだ始まったばかりなのです。

老化の仕組みについては諸説が入り乱れています。
フィンチ博士は「老化には様々な要素がからんでいます。例えば、ホルモンのバランスの崩れや免疫機能の低下、活性酸素などによる体への損傷、細胞の突然変異などです。これらはいずれも老化を進め、病気の原因になります。ただ、老化の仕組みは複雑であり、今のところ、明快に説明することはまだできません」と話しています。  それでも米国の研究者は、最近の研究の進展に確かな手ごたえを感じているようです。

百歳研究

image米北東部マサチューセッツ州ボストンにあるハーバード医学センター。トマス・パールズ博士のチームはここで、百歳を超える約百人を対象に大規模な「百歳研究」を続けています。これまでの研究では、百歳以上の女性の中には高齢出産した人が多いなど、興味深い結果が出始めています。また、百歳を超えた人たちを調べると、少数の例外を除いて、九十歳代までは大半の人が極めて健康な生活を送っていたことも分かりました。パールズ博士はこれまでの研究成果をもとに「百歳まで生きる」という本を出版する予定です。

ハーバード医学センターでは百歳を超える人たち全員の血液を採取して遺伝子を調べ、長寿のカギを探る試みも始まっています。一つの仮説は、こうした人たちは活性酸素などで遺伝子が傷ついた場合、それを修復するシステムが他の人々より優れているというものです。遺伝子分析を担当するヤン・ビッチ博士は「その結果は五年以内に出る」と話しています。

世界の長寿記録の持ち主は、二年前に百二十二歳で亡くなったフランス人女性ジャンヌ・カルマンさんです。子供のころには、画家のゴッホとも会ったことがあるといいます。研究が進めば、人間の寿命を百歳どころか、さらに百三十、四十歳へと寿命は延ばしていけるのでしょうか。

リチャードソン博士に聞くと、「五年前なら生物学的な限界があると答えていた。しかし、今はそうは思っていません。老化のプロセスが解明できれば、寿命を延ばすだけでなく、健康に長生きさせる方法も分かるでしょう」という答えが返ってきました。
フィンチ博士も人間の寿命に生物学的な限界はないと考えています。

老化を遅らせる薬はない

「人間の体と人間の脳は少なくとも百二十歳までは正常に働くように作られていることが分かってきました。(マウスやショウジョウバエなどの)動物のように、いずれは人間の寿命ももっと延ばせるかもしれません」

もちろん、人間の寿命の限界を延ばすことはたやすいことではありません。リチャードソン博士やフィンチ博士は数十年、さらには百年もの研究が必要かもしれないと指摘しています。

将来的な目標である百二十歳以上まで生きることはさておき、現実的な目標になってきた「百歳まで健康に生きる」ために、私たちが今できることは何なのでしょうか。

リチャードソン博士は「今のところ老化を遅らせる薬はありません。メラトニンやビタミンEが有効だという人もいますが、私は効果があるとは思っていません。八十代半ばになった私の両親を見ていても感じるのですが、だれでも実行できる最も大切なことは、いきいきとした生活を送り、適切な食事をとることだと思います」と言います。

では、適切な食事とは何なのでしょうか。マウスやラットのように食事を減らせば、人間も寿命を延ばすことができるのでしょうか。

この点について、リチャードソン博士は「若い人には食べ過ぎないように勧めます。しかし、高齢者の場合、太りすぎている人を除けば、食事制限を勧めることはできません」と指摘しています。

食事がキーワード

食事制限の研究をしている博士のチームは、逆に、年を取ったマウスなどの動物に与える食事の量を増やす実験をしました。その結果、平均寿命は長くも、短くもならなかったといいます。若いマウスの場合は食事制限が有効だったのですが、高齢のマウスには必ずしも効果があるとは限らなかったのです。

リチャードソン博士は「高齢者が気をつけるべきことは、むしろ十分に食事をとり、栄養のバランスを崩さないようにすることです」と結論づけています。

「百歳研究」をしているパールズ博士もバランスのとれた食事の大切さを強調しています。とくに日本の伝統的な食事の素晴らしさを称えています。

ただ、パールズ博士は「最近の日本を見ていると、肉や脂肪をたくさんとる米国型の食事に近づいてきています。日本は伝統的な食習慣の素晴らしさを見直してほしいと思います。日本は世界一の長寿国ですが、喫煙者の数も多い。このままだといずれは他の国に抜かれてしまうかもしれません」と話しています。

老化は遺伝子のプログラムなのか

imageワシントン郊外にある米国立老化研究所のヒューブ・ワーナー博士に長寿研究の現状などを聞いてみました。

老化の仕組みはどこまで分かってきたのでしょうか。
「老化は人間の体のシステムに様々なダメージ(損傷)が蓄積することで起こると考えられます。しかし、こうした老化の進展は人間の遺伝子にもともと組み込まれていたプログラムなのか、それともダメージの蓄積の結果なのかについては、議論が分かれています。その両方の結果とみる考え方が一般的です。また、病気と老化を分けて考えることは難しいことだと思います。この二つは密接に関係しています。年を取るにつれて体内で起こる変化が、がんや心臓病、アルツハイマー病などの原因になっていると考えられます」

人間には生物学的な寿命の限界があるのでしょうか。
「それはまだ分かっていません。今後五十年で寿命を百五十歳や二百歳にまで延ばせるというのは夢物語ですが、限界があることを示す証拠があるわけでもありません」

健康に長生きする方法は?
「生きると言うことはある意味で老化するということです。しかし、老化を遅らせるライフスタイルを選ぶことはできます。当たり前のことですが、適切な食事と運動が最も大切です。もう一つは喫煙のような体に悪いことを避けることです」

老化を遅らせる薬はあるのでしょうか。
「私が勧めることのできる薬はありません。はただ、ビタミンEはがんや心臓病のように年を取るとかかりやすくなる病気のリスクを減らす効果があるようです。また、(米国の)高齢者の食事を見ると、様々なビタミンが不足しがちです。寿命が延ばせるわけではありませんが、総合ビタミン剤を毎日飲むのは悪いことではないでしょう。(米国の場合)一日十セント(約十二円)くらいしかかからないのですから、だれでも実行できるはずです」

食事を減らすと寿命が延びるのでしょうか
「肥満が体に悪いことは明らかです。心臓病などにかかる危険性も増えます。だからと言ってやせすぎも問題です。マウスは食事制限で寿命が延びることが分かっていますが、人間の場合はどうなのかは、まだよく分かっていません。現在、人間に近いアカゲザルを使い、食事制限と長寿の関連を調べる研究が行われています」

老化や長寿の研究は盛んになってきているのでしょうか。
「米国では研究者の数が次第に増えてきています。予算も年々増額しています。長寿研究では米国は世界のトップを走っていると思います」

米国では長寿産業も花盛りのようですが。
「その通りです。長寿に関する本や薬もたくさん出ています。ただ、こうした薬は、効果が誇張されていたり、証明されていなかったりするものがほとんどです。先ほども話したように、不老長寿の薬はまだありません」

(健康かながわ1999年1月号)
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