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健康かながわ

脳の細胞ネットワーク

我々の脳は、140億個という膨大な数の神経細胞から出来ている。この神経細胞の数は赤ちゃんでも20歳の大人でも同じだ。ところが、生まれたての赤ちゃんの脳の重さは、約400グラムで、大人の三分の一しかない。何故、細胞の数は同じなのに、これほど重さが違うのだろう。

神経細胞は、ニューロン(神経細胞の本体)と、そのニューロンから出ている樹状突起と呼ばれる複雑な突起と、一本の樹状突起から伸びた長い軸索と呼ばれる神経繊維とで出来ている。更にこの軸索の先端も何本かに枝分かれし、その枝の先が他のニューロンの本体や樹状突起と接触している。この部分がいわゆるシナプスである。

この樹状突起と軸索が赤ちゃんと大人では違っている。赤ちゃんの場合は枝の数はごくわずかで、成長ともに次第に複雑に枝分かれして周囲のニューロンとの間に回線を作っていく。つまり、赤ちゃんと大人の違いはこの回線の量の違いであり、それが重さの違いとなっている。

ところで、20万―4万年前に地球上にいたネアンデルタール人の脳はどうだったのだろうか。ネアンデルタール人とヒトとの関係はいろいろと言われていたが、最近のDNA解析により別系統のものだと言うことが解った。

彼らの脳の容積は我々よりも大きく、1500-1800ミリリットルあったと言われている。ところが、彼らは我々が作ったような文明は作ることが出来なかった。これは、脳の密度の問題と言える。つまり、先ほどの回線の量の違いが能力の差を産んだのである。ちなみに現代人の脳は、10歳ぐらいでネアンデルタール人の脳の重さとなると言われている。

このように、大切なのは脳の情報ネットワークの量と言うことが出来る。ネアンデルタール人は現代人と比べてこの情報ネットワークの量が少なかったと思われる。ただし、ある種の情報は現代人よりも勝っていた可能性はある。たとえば、えさを採集する能力だとか、外敵との戦いの能力、運動能力などである。
サルからヒトへの分化において、ヒトはサバンナに出てヒトとなったと言われる。つまり、外敵や自然から身を守るジャングルを捨てたことで、いいかえれば素っ裸の状況になった為、道具や火といったものを作り出す情報ネットワークを発達させざるを得なかったともいえよう。ちなみに、脳の大きさはそれぞれ限界がある。これは、ひとえに出産時の産道の大きさにより決まり、ネアンデルタール人の脳の、言い換えれば頭蓋骨の大きさが限界だと言われている。一回り小ぶりな脳を持ったヒトはサルからの分化の過程で、ネアンデルタール人の持っていた能力を捨て、別の能力の発達に力を注いだのかもしれない。

ボノボチンパンジーの奇跡

最もセクシーなサルと言われるピグミーチンパンジーはザイールを流れるコンゴ川の東側のジャングルに生息する。彼らは、ボノボと呼ばれる。ボノボの能力は素晴らしく、特にそのコミュニケーションに注目した女性がいる。ジョージア州立大学言語学研究室のスー・サベージ・ランボー博士である。

彼女は、一匹のボノボに注目した。カンジという名前のオスの赤ちゃんボノボである。彼女はカンジに英語の単語を教えた。そして、そのコミュニケーションの方法として、キーボードを使った。単語を教えるたびにあるシンボルを対応させて教えたのである。結果として、カンジは2000語以上の英単語を理解し、スー博士とキーボードを使って会話をすることが出来るようになったのだ。(この模様はかつてNHKで放送された)

昨年、私自身その実験に立ち会う機会を得た。ボノボの脳は500グラムしかないが、スーの英語に対して、カンジの理解力は明らかに私を上回っていた。それだけではなく、この研究所には英語を教えていないボノボのグループもいる。彼らに、スタッフがモンスターの格好をして驚かせ、別室にいたカンジに何があったかを聞きに行かせたところ、カンジはモンスターの記号を指し示した。このことは、ボノボ同士の間でも抽象概念を伝えるコミュニケーションがなされているということである。 また、初対面の私を前にして、スー博士がカンジに「カンジ、ゲストが来たわよ。」と言うと、カンジはサプライズ(贈り物)を指し示して、えさをねだってきた。 たった、500グラムの脳にどれくらいの能力があるのだろうか。

北イラクのシャニムダールでネアンデルタール人の化石は発見された。その時、発掘した人間の目に映ったのは、きちんと埋葬されたネアンデルタール人の化石とその周りのおびただしい花粉の化石であった。埋葬するということは、死ということを認識することであり、死を認識することでヒトはサルから人に変った。

さらに、おびただしい花粉の化石は、死者をいたむ気持ちの現われであり、つまり、心が生まれた瞬間でもある。花を美しいと感じ、死を悲しいものと捉えることを心の始まりとするならば、ボノボには心の誕生の明らかな証拠は認められない。
しかし、目を合わせるとえさを分けてくれ(動物が人にえさを分けてくれるのをあなたは信じられるだろうか)、いい子だからえさをくれとキーボードを押して言うのを見るにつけ、心の原形は彼らの中にも存在するのかもしれない。いや、この単純な感情の交流こそが心なのかもしれない。
果たして、我々の脳の情報ネットワークは正しい方向に進化してきたのだろうか。

創造する「脳力」

人の人たる由縁の創造力は脳のどこからやってくるのだろうか。この創造性と深く関わり合っているのが、前頭葉にある前頭連合野という所である。ここで興味深いのはこの創造の衝動が、本来は無意識な生命維持活動を行っている脳幹に存在することだ。何かを創り出そう、産み出そうとすると、脳幹からA10神経というのを介してドーパミンというホルモンが分泌される。このドーパミンが脳の各所に信号を送りながら前頭連合野に達し、これが前頭連合野を活性化させて創造性が生まれてくることになる。
先ほどから、A-10神経という言葉が出てくる。これは、現在解っている唯一の精神系を結ぶ神経系統である。脳の神経系は二種類ある。入ってくる信号(インプット)と出て行く信号(アウトプット)の二つである。痛みや匂いや味といった知覚系の神経(インプット)と手や足を動かす運動神経(アウトプット)があるが、インプットは様々な種類の知覚であるのに対し、アウトプットはしゃべろうが歩こうがすべて筋肉を動かすことから運動神経だけである。

A- 10神経の特殊性はこのことからも解るであろう。このA-10神経は脳の安定化装置とも呼ばれている。

巨大になった大脳皮質は自分の未来における行動などをそれこそ無限に想像することが出来る。例えば、目の前にコップに入った水があるとしよう。犬や猫ならその水を飲むのか、飲まないのかといった単純な行動だが、人間の場合、氷を入れたり、お茶にしたりと様々な行動を予想することが出来る。人によっては、その水を目の前の相手にかける事だってするかもしれない。
しかるに、とりうる行動は一つである。そこで、A-10神経が働き、脳は気持ちいいことをしようとする。これが脳の安定化装置である。

21世紀の我々にとって、果たして何が気持ち良いことなのだろうか。今一度考える必要が有りそうだ。

(健康かながわ2000年1月号)
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