情報サービス
前のページへ戻るHOME > 情報サービス > 健康かながわ > バックナンバー > 遺伝子の扉をひらく PartⅡ
健康かながわ

遺伝子の扉をひらく PartⅡ

チーム医療とカウンセリング

遺伝子診断の結果を医療に生かすため、専門医だけでなく外科、内科といった従来の壁をこえた専門チームをおく病院が増えています。

さきがけは、前述した信州大学遺伝子診療部です。一九九六年五月に開設されました。このほか、国立がんセンター、栃木県の県立がんセンター、福島県の星総合病院などにもあります。
信州大学遺伝子診療部では、毎週金曜日の夕方、外科医、内科医、臨床心理士ら各科のスタッフが集まり、遺伝に関係する症例について話し合っています。

「家族性大腸がんの患者さんの息子が来院しました。娘も来る予定です。息子は陽性の可能性があり、遺伝子診断を希望しています」「デュシャンヌ型筋ジストロフィーの家系の方が来ました。自分の娘の保因者診断を希望しています」・・・・・。
深刻な内容ばかりです。本人にどう説明するか、反応が心配だ、治療方針は・・・・。それぞれの患者さんにあった対応を考えます。これまでに訪れた人は二百人にのぼります。

遺伝子診断の結果は、血圧などと違い、一生変わりません。また、家族は遺伝子を共有しているため、だれかが遺伝子を調べた場合、家族への心理的影響もあります。本人の将来の発病への不安なども含め、遺伝子診断の前と後には、心理面の慎重なケアが求められます。

遺伝的な変異が見つかった場合の発病率が100パーセントの病気を診断することについて、英国の研究者による、ある報告があります。この遺伝子診断をした20カ国・5781人のうち、結果を原因にした自殺者が5人いたそうです。うち1人は「遺伝的に異常がない」人だったといいます。

「家族はその病気で死んでしまうのに、自分だけは生き残ってしまう」といった罪悪感からと見られています。診察に遺伝カウンセリングは欠かせません。現在の医療では治療法がない病気について診断してもいいか、という問題も残っています。

遺伝カウンセリングのトレーニングを受けた医師は全国で約400人います。患者には「知りたくない」という権利もあります。診断で何がわかるかは伝えるが、「受けた方がいい」とか「こうしなさい」と指示することは禁じられています。

プライバシーの保守

福島県の星総合病院の野水整(ただし)外科部長が担当する患者の一部にはカルテがありません。「家族性がんの一種である家族性大腸ポリポーシスの遺伝子診断を受ける人たちの、プライバシーを守るためです」
必要な書類が入っているキャビネットのカギを開けることができるのは、主治医か患者と、患者が認めた関係者などごく少数です。

昨年2月、東北地方の約60の医療機関が作った「東北家族性腫瘍(しゅよう)研究会」は、遺伝子診断の際、採血の段階で試験管から患者の名前を削除し、代わりに番号をつけることを徹底しています。血液が病院から検査会社に送られた後は、だれのものか分からないようにするためです。
研究会の幹事でもある野水部長は「検査の過程で血液はいろいろな人の目に触れます。結果の内容にかかわらず、その人が遺伝子診断を受けたことが分かるだけでも、社会で不利益を被るおそれがあります。それを防ぎたい」と話しています。

これほど神経質になるのは、遺伝情報が第三者にとっても重要な意味を持っているからです。肝機能検査の数値などと違い、遺伝子検査の結果は一生変わりません。そのために、もし結果が漏れると「普通の人よりも病気になる危険が高い人」などと生涯レッテルをはられてしまう可能性があります。

「病気になりやすい」ことが知られてしまうと、様々な場面で不利になる可能性がでてきます。例えば生命保険に加入する際や、入社試験などを受ける際、断られることもでてくるかもしれません。

国内の生命保険会社九社で作る「生命保険協会」の遺伝子研究会が3年前、ひとつの報告書をまとめました。趣旨は「本人が遺伝子情報を知っているなら、加入する際に保険会社に告知すべきだ」というものでした。現段階での導入は留保していますが、いずれは積極的に取り入れるべきだという姿勢を見せています。

これに対して、近畿大学の武部啓(ひらく)教授ら遺伝子診療の専門家らは「遺伝子診断を保険加入の審査に使うことは、差別にほかならない。人間は生まれた時には平等のはず。基本的人権の問題だ」と厳しく批判しています。

人間の全遺伝情報を解読しようという「ヒトゲノム計画」が、世界中で進んでいます。日本でも六月に小渕恵三首相が作成を指示した官民一体の「ミレニアム・プロジェクト」で、ヒトゲノム解析が大きな柱になっています。「プライバシーの塊」である遺伝子情報をどう守るか、国内の取り組みはこれからです。

(健康かながわ2000年1月号)
中央診療所のご案内集団検診センターのご案内