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ホルモン過剰時代の女性

増加する子宮筋腫やがん

かつて「戦後強くなったのは女と靴下」と言われたことがある。1947年には54歳だった日本女性の平均寿命は、半世紀のあいだに30年も伸び、1998年には84歳を越えた。この間男性も長生きになったが、1947年には3.9年だった男女の平均寿命の差は、98年には6.89歳にまで開いている。寿命だけをみれば、女性はたしかに強くなる一方なのである。

女性が長寿になった第一の理由は、言うまでもなく出産が少なくまた安全になったためである。女性は男性より事故にあう率が少なく、アルコールやタバコの摂取が少ないなど健康なライフスタイルをとっていることが多いためもある。ちなみに世界で最も平均寿命の男女差が大きいのはロシアで、女性71.7歳にたいし男性はじつに58.27歳と、13年もの差がある。アルコールや麻薬中毒、殺人、エイズなどで早死にする男性が多いためだ。

しかし、残念ながら世の中は良いことばかりではない。長生きするようになった反面、厄介な問題も増えてきたからだ。
最近、仙台で行われた老年学会で重要なデータが発表された。平均寿命を超えて長生きする女性は、寝たきりの期間が男性より大幅に長くなるのである。東京都老人医療センターの高橋龍太郎さんたちは、1987~1989年に東京都老人医療センターで亡くなった男性550名、女性467名の死亡時の年齢と、死亡するまでに全介助を受けた期間を分析した。その結果、84歳を越えると、女性が男性の1.5~2倍は長く寝たきりになるという。

若い世代も問題が多い。最近急増している子宮内膜症は、本来は子宮の内部にある内膜が外部で増殖するもので、猛烈な腹痛をもたらす。不妊症、子宮筋腫、乳癌、卵巣癌、摂食障害、うつ病、更年期障害、アルツハイマー病など、戦前にはほとんどなかった病気も増える一方だ。  女性が長寿になる一方で寝たきり期間が長くなり、種々の病気が増えているという傾向は、先進国で共通した問題である。そしてこれらすべてをもたらす最大の原因が、女性のからだで作られるホルモンなのだ。

ライフスタイルの変化と女性のからだ

排卵・月経という女性の生理周期は女性ホルモンと、大脳にある視床下部(間脳)-脳下垂体系というホルモン監視装置の巧妙なはたらきによってコントロールされている。卵巣はたんなる卵子の入れ物ではなく、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)と呼ばれる二種類のホルモンの製造装置でもある。またホルモンを受け取る受容体(レセプター)は身体中の細胞にあるので、生殖器だけでなく、乳房・骨・大脳・皮膚など、身体中のあらゆる臓器・組織が血液にのって運ばれるホルモンによって常に影響を受けることになる。  生殖内分泌学の世界的権威として知られているオーストラリア・シドニー大学産婦人科のイアン・フレーザー教授は、現代の女性は一種の「ホルモン過剰状態」にあるという。

人類の身体がデザインされた原始時代には、女性は15~6歳で初経を迎え、性行動の開始とともに妊娠・出産し、数年間の授乳期間が終わればまた妊娠・出産・授乳を繰り返し、閉経になるかならないかで死んでいった。これにたいし、現代の女性は初経が12~3歳と早く、結婚前に性行動が始まり、結婚と出産が遅くなり、出産回数が激減し、授乳期間が減り、さらに更年期以降の人生が劇的に長くなった。これは過去40年程度で生じた変化であり、人類の歴史からみれば極めて異常なことなのである)。

「自然」な状態では、女性が生涯に経験する月経は40~50回だったと考えられるが、現代では350~400回にもなる。特に初経から出産までの時期が非常に長く、日本を含む先進国では、出産まで平均して15年以上も排卵・月経を繰り返す。生理周期ごとにホルモンの大波にさらされ続けることにより、子宮内膜症、子宮筋腫、乳癌、卵巣癌、子宮癌などが増加していると考えられている。

乳癌のリスクは、初経が早く、最初の満期出産が遅く、閉経が遅いほど高くなり、反対に初経から最初の出産までの時期が短い女性ほど低くなる。フレーザー教授によれば、満期出産前の女性の乳腺細胞はホルモンレベルの変化につれて大きくなったり小さくなったりするが、出産によって細胞が成熟すると、ホルモンの変動を受けなくなるという。

卵巣癌はホルモンそのものより排卵回数の影響が大きい。排卵のとき、卵子は卵巣の壁を食い破って飛び出すので、その後卵巣の壁には傷ができる。これが修復すると、また翌月には別のところに傷がつき、修復し…という繰り返しが重なって、癌を引き起こすと考えられている。これから想像できるように、卵巣癌のリスクが高いのは、初経が早く、出産回数が少ない女性である。

子宮内膜癌は子宮体癌とも呼ばれる。子宮内膜の細胞はエストロゲンが多くプロゲステロンがないときに増殖し、排卵によってプロゲステロンが分泌されると増殖が押さえられる。思春期や更年期前に多い無排卵性月経(排卵を伴わない月経)ではプロゲステロンの分泌がないので、内膜の増殖が押さえられず、癌になるリスクが高くなる。

まちがいだらけのピル神話

昨年ようやく使えるようになった経口避妊薬(ピル)は、エストロゲンとプロゲステロンによって卵子の成長と排卵を押えることにより妊娠を防止する。日本では副作用の代名詞のように忌み嫌われているピルだが、思いこみとは反対に、じつは「良い副作用」のほうがずっと多いのである。
ピルは健康な女性が使う医薬品ということもあって、副作用の有無に関して医薬品史上例を見ないといわれるほど膨大な研究が行われてきた。その結果、ピルを4年服用した女性は服用したことのない女性に比べて、卵巣癌のリスクが30%、5~11年の服用で60%、12年服用すれば80%も減少する。この予防効果は子どもを産んだことのない女性でより高く、ピル服用をやめた後でも続く。子宮内膜癌(体癌)のリスクは、最低2年の使用で40%、4年以上で60%も減少する。

乳癌で事情が異なり、リスク抑制効果はみられない。現在ピルを使っている女性が乳癌にかかるリスクは、使っていない女性に比べて約20%高い。しかし、服用をやめればリスクは徐々に下がり、10年では使ったことのない女性と変わらなくなる。また、ピル使用者が乳癌にかかった場合は転移が少ない。これは、ピルを使っている女性は定期的に医師にかかっていることが多いため、使っていない女性に比べて癌を発見するのが早いためであろうと言われている。ピル使用者で乳癌が多く見えるのは、たんに発見される確率が高いだけという説もある。いずれにせよピルが原因で乳癌になることはない。

ホルモン過剰で癌が増えたにもかかわらず、ホルモン剤を飲むことで癌のリスクが下がるのは不思議な気がする。「ピルを飲むと身体がホルモン漬けになる」と信じている人が多いが、実際には、ピルは卵巣を休眠状態にするので、身体中のホルモンの量は自然の状態と変わらないのだ。ピルで卵巣癌が減るのは排卵がなくなるためで、子宮内膜癌が減るのはピルに含まれるプロゲステロンによって子宮内膜が守られるためだ。

ほかにもピルは、思春期に多い月経痛やにきびの治療に効果があり、骨盤内感染症や不妊症、卵巣のう腫、子宮外妊娠の予防など、「良い副作用」がたくさんある。唯一知られている「悪い副作用」は静脈血栓症だが、40歳以上のヘビースモーカーでなければほとんど問題はない。  女性が長い人生を元気に生きるには、正しい情報を得て、医薬品を賢く使いこなすことが重要だと思う。

(健康かながわ2000年7月号)
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