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基礎研究でわかってきた環境ホルモンと免疫

image免疫とは、体内に侵入してきた異物を排除する機能をいう。移植された他人の臓器を拒絶(排除)するのも免疫の働きだ。この免疫が働くときに出動するのが白血球だ。つまり、杉花粉や車の排気ガスなどの異物が体内に入ってきたときに、攻撃部隊として出動するのが白血球だ。その白血球にはリンパ球、マクロファージ、顆粒球の三種類(別表参照)がある。このうち、異物を認識するうえで重要な働きをするのが、T細胞(Tは胸腺の英語の頭文字)というリンパ球で、胸腺(十歳代で35㌘、四十歳代で10㌘程度に小さくなる)といわれる免疫内分泌器官でつくられる。  

この胸腺は免疫が働くうえでとても重要な器官だ。未熟なT細胞はまず骨髄(未分化な状態のリンパ球やマクロファージを生み出す工場のようなもの)でつくられる。そのあと胸腺にやってきて、敵 (異物)だけを攻撃する一人前のT細胞に教育される。胸腺はいわば学校である。免疫の働きが正常かどうかは、ひとつには胸腺で正常なT細胞が作られるかどうかにかかっているといえる。  

胸腺の働きはストレスでも低下するが、化学物質としては、ダイオキシンがよく知られている。それ以外の物質はどうなのか。いくつかの研究を紹介しよう。

◆T細胞の成熟を抑制

北里研究所病院・臨床環境医学センター(東京)の坂部貢さん(神経内分泌免疫学)らは、胸腺の中で未熟なT細胞が教育される過程で環境ホルモンがどんな影響を及ぼすかを試験官内の実験で調べた。つまり、リンパ球の働きと化学物質の関係を調べたわけだ。 

未熟なT細胞は、通常なら胸腺で分泌される胸腺ホルモンによって成熟したT細胞になっていく(図参照)。しかし、ネズミから採取した胸腺の上皮細胞にビスフェノールA(ポリカーボネート・プラスチックの原料)、ノニルフェノール(合成界面活性剤の原料)、フタル酸エステル (塩化ビニールの添加剤)などの化学物質を与えると、胸腺ホルモンの一種であるサイモシンの分泌が阻害され、結果的にT細胞の成熟が抑えられることが分かった。

阻害の程度は化学物質によって異なるが、クロルデコン(有機塩素系殺虫剤)やフタル酸ジプロピル(フタル酸エステルのひとつ)で高かった。  T細胞が未熟なまま胸腺から出ていくと、異物ではない自分の細胞にも攻撃してしまうため、自己免疫疾患(全身性エリテマトーデス、慢性関節リウマチなどのいわゆる膠原病)の原因になる可能性がある。

◆リンパ球の反応性低下

国立公衆衛生院(東京)栄養生化学部の主任研究官、山崎聖美さんらは、人の血液から採取したリンパ球への影響を調べた。リンパ球を刺激する働きのあるコンカナバリンAという試薬と一緒にビスフェノールAなどの化学物質を加え、リンパ球が増えるかどうか見たわけだ。  

試薬の作用で本来ならリンパ球が増えてもいいはずなのに、ノニルフェノール、ビスフェノールA、フタル酸エステル、DDE(殺虫剤のDDTが生物の体内で分解した代謝物)はリンパ球の反応性 (増殖)を抑えた。抑える作用の強さはノニルフェノールが一番強く、1マイクロモル(モルは分子数を数える単位で、濃度に換算すると0・22ppm)でリンパ球の反応性が抑えられた。ビスフェノールAは10マイクロモル(2・28ppm)で抑えられた。

◆マクロファージにも影響

東京薬科大学薬学部教授の別府正敏さん(公衆衛生学)らは、ビスフェノールAや植物エストロゲン(エストロゲンは女性ホルモンのこと)がマクロファージやリンパ球にどう影響するか調べた。  マクロファージは異物を食べて処理する大食細胞。マクロファージになる前の細胞が通常通りにマクロファージに分化するかどうか調べたところ、ビスフェノールA単独では影響を与えなかったものの、分化を誘導する化学物質と同時に与えるとマクロファージへの分化をより促進させる作用があった。  リンパ球に対しては、ビスフェノールA、植物エストロゲン(エストロゲンは女性ホルモンのことで大豆などに含まれる成分)とも、わずかながらアポトーシス(細胞の自殺)を促進させる作用があった。

焼却灰も影響

身の回りの例では、廃棄物の焼却灰の抽出物も、リンパ球の増殖を抑制することが分かった。体内のリンパ球は、通常はサイトカイン(細胞が作り出して、他の細胞に送る信号のような活性因子群)によって増殖するが、焼却灰の抽出物質を与えるとその増殖が抑えられるのだ。  
これは産業廃棄物処分場や焼却場の周辺に住むことが、何らかのリスク(被害が生じる確率)を伴うことを意味する。  

ディーゼル排気ガスにも、男性ホルモンや女性ホルモンの働きを阻害する物質が含まれることが分かっている。これは私の推測に過ぎないが、ディーゼル排気ガスにもリンパ球の働きを乱す物質があるような気がする。

◆活性酸素が増えた

国立医薬品食品衛生研究所の研究結果では、白血球のひとつの好中球(こうちゅうきゅう)がビスフェノールAによって影響を受ける実験を行った。好中球は血液中に一番多い免疫細胞で、体内に異物が侵入すると活性酸素を使って攻撃する。ppb(十億分の一)の低レベルのビスフェノールAでも、好中球の出す活性酸素の量が増えることが分かり、さらに研究が進められている。  

国立環境研究所の研究では、T細胞がつくり出す情報物質のサイトカイン(正式にはサイトカインの中のインターロイキン4、5)がダイオキシンによって抑制されることが分かった。これまでの結果から分かる通り、環境ホルモンは免疫細胞の増殖、分化、死亡に影響を与え、免疫細胞が分泌する情報伝達物質(サイトカインなど)にも影響することが分かったわけだ。  

免疫阻害は情報かく乱

ホルモンは細胞の増殖や分裂などを調節する情報の一種だ。免疫細胞も情報によって調節されているわけだから、いわゆるホルモン作用をもつ化学物質(環境ホルモン)が免疫に影響することは十分に考えられる。

人の免疫系は胎児期も含め、生後まもないころに完成する。この時期に異物を認識(非自己と自己を区別するのが免疫の基本)する免疫機能が正しく形成されないと、その後自己免疫疾患になるともいわれる。胎児期から生後まもない時期にかけて、ダイオキシンのような化学物質が体内に入って、免疫の働きを阻害する可能性は十分にある。  環境ホルモンが実際に人や動物の免疫系にどう影響するのか、今後の焦点は動物実験に移っていきそうだ。

(健康かながわ2001年5月号)
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