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健康かながわ

遺伝子研究の実験場

北緯約64度にある首都レイキャビク。世界中の遺伝子研究者や製薬会社の注目を集めるデコード・ジェネティクス社がある。同社はたくさんの患者の医療情報を網羅したデータベースを持つ。「たとえば、ぜんそくを調べるなら、候補としてまずアレルギー疾患の患者を検索します」担当者がコンピューターを操作すると、画面にリストが表示された。その数約7600人。このうち約1700人からは、遺伝子を調べるために本人の同意を得て血液を提供してもらっているという。

○全国民の病歴
アイスランドは島国で人の往来が限られ、過去約三百年、十世代前の先祖にまでさかのぼることが可能だ。
さらに、(1)ほぼ全国民の病名や投薬、その効果などの医療情報(2)本人の同意を得て採血し解析した約四万人の遺伝情報(3)公開された情報をもとに作った家系図がある。患者の遺伝子の特徴だけでなく、遺伝子と治療経過との関係、さらに血縁者の病気まで研究できる。他国の研究者にはのどから手が出そうなほど貴重なデータだ。
医療情報は1998年に国会が保健医療データベース法を可決し、利用可能になった。企業が費用を負担してデータベースを構築する代わり、独占的に成果を商業化する権利を認めた。  

デコードはこれまで、病気に関連する十二個以上の遺伝子の場所を突き止めた。五月には脳卒中にかかわる遺伝子を見つけた、と発表している。同社と提携したのがスイスを本拠にする製薬大手のロシュ社だ。今後五年間、薬や診断法の開発など、遺伝情報を利用した研究を一緒に進める。
ヒトゲノムの読み取りはほぼ終わり、病気に関連する遺伝子を探す競争が激化している。3、4万個とされる遺伝子の中でも治療に「有用」なものは限られ、先に特許を取ったものが勝つ。
デコードのカリ・ステファンソン社長は「大規模なデータベースにより遺伝子発見で優位に立てる」と話す。

○2万人が拒否
しかし批判も根強い。対象者の匿名化、登録を拒否した人の医療情報は利用しないなどの規制が設けられ、約2万人が拒否している。狭い島国。たとえ匿名でも「子どもが5人いて、父が大腸がん、母が狭心症の人」など、家系図や病名を組み合わせれば個人が特定されるのでは、との疑問が残る。
このため、国立アイスランド大学病院のトーマス・ソーイカ医師は「医療情報の利用にも個人ごとの同意が必要だ」と指摘。「多くの遺伝子を発見したといっても、論文が公表されていないので本当かどうか確かめようがない」と批判的だ。同国医師会もデコード側に本人同意を取るよう求めた経緯がある。

これに対し、ステファンソン社長は「遺伝子が見つかれば診断や薬につながり、患者の利益になる」と強調。デビッド・グッナソン厚生次官も「医療情報の利用は国民的な論議を経て国会で決めたこと。医師の多くは協力的だ」と後押しする。  
輸出の7割を水産物に頼る漁業国。先端のバイオ企業を育成したいという願いも背景にある。

遅れる大規模な研究 日本

大規模な遺伝子研究は欧米などで始まっている。英国では医学研究支援基金ウエルカム・トラストなどが、希望者を募って国民50万人の遺伝情報を調べ、健康状態を追跡調査する研究を始める。  
この分野でリードする米国は、ベンチャー企業が各国で本人の同意を得て採血し遺伝子を集める。スウェーデンでも数万人規模の研究を始めた。  

一方日本では、一部の研究機関が十分な同意を得ずに遺伝子解析していたことが明るみに出て研究にブレーキがかかった。厚生労働省などが3月にゲノム・遺伝子解析研究の倫理指針を決めたものの、欧米のような大規模な研究計画はまだ動いていない。研究者の一人は「日本も大規模な研究をしなければならないが、国民の理解が重要だ」と語る。
こうした遺伝子研究には巨額の資金とともに患者の協力が欠かせない。日本では医師と患者の対話が不十分で研究への協力が得にくかった。研究の意義をきちんと伝えて協力を求める地道な努力が必要だ。

(健康かながわ2001年8月号)
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