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健康かながわ

シックハウス症候群

今、健康住宅や安全な家など建築への関心が高 まっている。シックハウス症候群という言葉も一 般の人にも理解されるようになってきた。今回は 建築物の衛生に関わる専門家である池田耕一・国 立公衆衛生院建築衛生学室長に寄稿いただいた。

日本におけるホルムアルデヒドや揮発性有機化合物等の化学物質による住宅等の一般環境室内における空気汚染問題は、きわめて大きな社会的関心を呼び、1997年の6月には、当時の厚生省から異例とも言える早さで住宅室内におけるガイドライン値がホルムアルデヒドについて設定、建設会社、住宅メーカー、建材・仕上げ材のメーカー、空調機メーカーなどの建設関連の業界も、この問題が社会的に知られ始めた1995~6年頃に比べると、驚くほど前向きな姿勢で取り組みを開始している様に思われ、建築物の衛生にかかわる公衆衛生の仕事をしている者としては、一応安堵していると言うのが、正直なところである。しかしながら、この問題に対する具体的な対策となるとまだ、各方面で試行錯誤的な研究がなされている段階であるが、本稿では、現在学会等での発表と言う形で公表されている化学汚染に関する汚染の現状と防止対策の有効性などについて述べる。

シックハウスとは何か

image健康住宅、シックハウス症候群と呼ばれる問題が、いつ頃からどこで、言われるようになったかは正確には分からないが、少なくとも「私がこの言葉の名付け親である」と言っている人が2人はいる。いずれにせよ、「シックハウス症候群」という言葉は、盛んに使われるようになったのはホルムアルデヒドに関する当時の厚生省によりガイドライン値が設定されるようになってからである。

また、この言葉は、1980年代の欧米で大きな社会問題となった シックビル症候群(SBS)をもじった和製英語である。それは、通常日本語で「ビル」と言うと「住宅」は範疇に入らないため、住宅におけるSBSであることをわかるようにしたためと思われる。
 シックハウスとは、問題のある住宅、言い方を変えれば「欠陥住宅」の一種であると言える。但し、欠陥の原因が、建物の建材や仕上げ材から発生するホルムアルデヒドのや揮発性有機化合物のような化学物質による空気汚染をシックハウスと言うようである。

また、しばしばこの「シックハウス症候群の同義語」と誤解される言葉に「化学物質過敏症」などと呼ばれる言葉がある。これは、一旦高濃度のある種の化学物質に「感作」され、その様な体質となり、様々な症状を示すようになった人が、その後同じもしくは類似の化学物質に曝される度に、その濃度が、一般の人が反応するよりかなり低い値であっても、同じ症状が繰り返され、その症状が次第にひどくなる病気のことである。この病気は、シックハウスによってももたらされるが、それ以外に看護婦や、化学製品の製造業等の職業的に高濃度の化学物質に曝される人にも見られるので、必ずしも「化学物質過敏症」=「シックハウス症候群」とは言えるものではないので混同してはならない。

シックハウスはなぜ起こったか

シックハウスと呼ばれる現象の起こった原因としては、何と言っても建物の気密性能が大幅に向上し、室内外の空気の入れ換わり、即ち換気が少なくなったことである。
このことが原因であることは良く知られていることで、いまさら改めて指摘するまでもないと思われる読者もいると思われるが、この分かりきったようなことの中に見落とされていることがある。それは、多くの日本人は気密性能が上がったと言うことは頭では分かっていても実感として体では分かっていないとでも言ったら良いであろうか。

そのことを如実に物語るのが、気密性能が上がっているのに昔ながらの気密性の低い住宅に住んでいたときの感覚で防虫剤を大量に使用したり、開放型の燃焼器具を使ったり、喫煙行為をしたりしているケースが少なくないことである。また、最も見落とされているのが、家を総桧などで作る場合があることである。桧からはα-ピネンと呼ばれる化学物質(桧の香の主成分)が発生するため、気密性能の高い家の場合は、この物質を含むいわゆるTVOC濃度が極めて高くなるにも拘らず、桧の香は自然のものだから無害であると信じている人がかなりいることである。自然であれ、人工であれ、化学物質は化学物質であり、ある一定レベル以上になれば健康に有害であることには変わらないということに気がついていない人が多いようである。したがって、総桧づくりとするのであれば、かつての気密性能の悪い住宅のとき確保されていた程度の換気量(おおよそ1回/h程度)を確保することのできる換気設備(できれば機械換気が望ましい)を装備することである。

確かに、杉や桧などの自然の木材は、ホルムアルデヒドなどを大量に発生する合板の類よりはましかも知れないが、「自然」だから全幅の信頼をおいても良いということではないことを指摘しておきたい。

以上のように述べてきたが、筆者は必ずしも高気密住宅が悪いと言っているのではない。高気密高断熱住宅の持つ優れた温熱環境特性は、健康的な居住という意味で高く評価されるべきものである。しかし、それは必要最小限度の換気量を確保しての話である。

研究者の責任

序でも述べたとおり、この問題に関しては、様々な分野で数多くの研究がなされるようになってきた。しかしながら、それらの研究成果が、本当にこの問題で困っている人々を救うことになっているかと言うとまだほど遠い状況である。  例えば、建材からの放散量に関する研究は数多くなされているが、その成果を応用して建設後の室内濃度を十分な精度で、予測することはできず、そのため放散量が少ないと思われる建材や仕上げ材や接着剤を使って建物を建設したからと言って、必ずしも室内の濃度が厚生労働省のガイドライン値以下になること保証できない。

また、ガイドライン値が設定されている物質は室内に存在する化学物質の内のほんの一部であるし、それぞれ単独に存在している場合のみの値であり、複合影響には全く触れられていない等解決されなければならないことは多い。  研究者は、様々な学術データは出すが、現状ではこの問題で困っている人にとって必要な情報とはなり得ていない場合が多い。困っている人に役立つデータは、しばしばいわゆるペーパーにはなりにくいと言った面があり、研究者はどうしてもペーパーになりやすい研究しか興味を示さない傾向があるが、それでは研究者と社会の一般人との距離が遠くなるだけである。この点をより強く意識して、ペーパーになりにくくとも困っている人に役立つ研究を進める責任がある。

各方面での住教育の必要性

上述のことと関連するが、シックハウス問題は、ここ2、3年急に社会的認知が高まったとは言っても、言葉が知られている程度で、重要な内容に関する知識の普及はまだ十分とは言えない。その原因は現在の教育システムにおいて体系的な住居と健康に関する教育がなされていないことがあげられる。特に「住まい手」の立場に立った教育は、筆者の所属する国立公衆衛生院の保健所の環境衛生監視員や保健婦を対象とした1ヶ月の「住まいと健康」コースくらいである。大学の工学部の建築学科における教育は、施工会社や工務店の立場に立った「作り手」のための教育でしかない。また、本来、住まい手の立場に立った住教育をするべき家政学部の住居学科の教育は、工学部建築学科の教育体系をそのまま踏襲しているだけの場合が多い。それはそれらの学科の教官の多くが工学部出身者で占められることが多いことと、建築学科以外の家政学部出身の教官は、少数派であり、大学全体としては「衣・食」に比べ、「住」に関する力のいれようが十分でないことが原因であると思われる。

一方、医学系の大学においても、「住」に関する教育は全く不十分であるとしか言い様がない。医学に関し全くの門外漢である筆者が、この様なことを言うのは不適切かも知れないが、医学関係者の「住」に関する知識は、同じ生活の3大要素である「食」と「衣」に比べ甚だ貧弱で、一般の住民とほとんど変わるところがない。これでは、医者が患者の住生活全般の指導をすることなどできないと言われても仕方がない状況である。その原因が医学部における住教育の不完全さにあることは否めないであろう。

これらの問題点は早急に解決されなければならない。

(健康かながわ2002年3月号)
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