情報サービス
前のページへ戻るHOME > 情報サービス > 健康かながわ > バックナンバー > これからの医療制度改革の行方
健康かながわ

これからの医療制度改革の行方

本は世界一の長寿国で、世界一低い乳幼児死亡率を誇っている。その一方で国民の医療費は年々増加し、1999(平成11)年には30兆円を超え、このままでは日本の医療は立ち行かなくなる。1997(平成9)年の第3次医療法改正以降、さまざまな角度から医療改革案制度改革の議論が進められてきたが、今年7月26日に、医療制度関連法案が成立し、9月25日には坂口力厚生労働大臣はいわゆる「坂口私案」が出されるなど改革が端緒についたばかりだ。そこで今月は厚生科学研究所の吉野晶雄所長にこれまでの議論を整理し、これからの医療制度の行方について、寄稿していただいた。

どうなる日本の医療

「もうこれでこの手は使えなくなった」と、この7月、健保法改正を担当した厚生労働省の責任者はこういった。「この手」というのは、被用者保険の本人を8割給付から7割給付に引き下げたこと、すなわち自己負担を2割から3割に引き上げたことをさしてのことだ。
この改正の際、法律の附則で7割給付堅持を約束している。つまり自己負担の引き上げはもう限界まできてしまった。今後、保険財政がいかに苦しくても6割、5割と引き下げることはありえないし、もしそうなるのなら昭和36年以来40年以上続いてきた国民皆保険制度の信頼を失い、制度が崩壊しかねない。「最後の札を切ってしまった」、そういう思いが厚生労働省を包んでいる。

今年度の行われた改革は、患者負担の引き上げばかりではない。毎月の保険料もボーナスを加えた総報酬制になり約10%の引き上げ、高齢者医療制度の対象年齢も70歳から75歳以上に引き上げ、一定以上の所得者の給付は9割から8割といった具合におしなべて国民に負担を強いる内容だ。同時に4月に改定された診療報酬でも初めてのマイナス改定となり、医療関係者にとっても厳しいものとなっている。
今後、患者負担の引き上げという手法がむずかしいとなると、あとは保険料の引き上げと保険給付内容の見直しということしか残されていない。

抜本改革できずにずるずると

今回の改正で2007年度までは政管健保財政は均衡を保つという。逆にいえば、これだけのことをしたにも関わらず、あと5年しかもたないということだ。被用者保険本人負担が1割になったのが1984年(昭和59年)、その後13年経った97年(平成9年)にこれが2割になった。それから5年後の今年、さらにこれが3割になった。
5年前、大もめにもめた挙げ句2割になった時、厚生省(当時)は医療保険制度の抜本改革を約束した。その改革の柱は、診療報酬、薬価基準、医療提供体制、高齢者医療制度-の4点である。その後、幾度も論議が繰り返されたものの関係者の意見はいずれもまとまらず、ずるずるとここまできてしまった。

長引く景気の低迷、この一方で毎年4%程度で増え続ける医療費。「このワニ口の広がりをなんとかしたい」というのが財務省の本音である。そしてこのギャップを埋めるために繰り返される患者負担増と保険料の引き上げ。このパターンを断ち切るために制度の抜本改正が叫ばれるものの、なかなか意見がまとまらないまま、問題は先送りが続けられてきた。

坂口私案を軸に近く改革方針

小泉内閣の内閣改造を直前にしたさる9月25日、坂口力厚生労働大臣はいわゆる「坂口私案」という改革案を示した。主な内容は、保険者については政管健保を都道府県単位にし、国保は広域化、健保組合は規模拡大し、事業所単位で選択加入できる新たな法人の検討。給付と負担の公平化をめざして制度を通じた年齢構成や所得に着目した負担の公平化による制度の一元化(リスク構造調整方式)。そして診療報酬体系に見直しについては、①医療技術を難易度、技術力、時間等による適正な評価(ドクターズフィー的要素)、②医療機関の運営コストを反映した評価(ホスピタルフィー的要素)、③情報提供、選択、高度先進医療の拡大等を通じた患者の視点の拡大-というものだ。

医師として臨床経験を持つ坂口大臣らしい思いが込められた私案であるが、第2次小泉内閣で続投が決まったことによってこの私案は最有力な案として重みを増してきている。先の健保法改正の際の附則では、今年度中に基本方針を策定するものとして、①保険者の統合・再編を含む医療保険制度の在り方、②新しい高齢者医療制度の創設、③診療報酬体系の見直し-があげられている。坂口私案はこれに応えたものであるが、リスク構造調整方式を進めていけば、国が大幅負担増になる②の高齢者医療制度の創設は薄らいでいくことになる。

また、健保組合の規模拡大といっても、政管健保3,676万人に対して、健保組合は3,184万人が1,756組合に分かれていることから統合論が出てくるわけだ。しかし、一番規模が大きなNTT健保組合で68万人、次いで日立製作所健保組合で50万人にすぎない。平均2万人程度の組合をどのくらいの規模で拡大することが現実的なのかは意見が分かれるところだ。坂口私案もまだ検討の余地は多い。

医療供給体制と診療報酬の見直しへ

image年末にかけて来年度予算編成の大詰めを迎えるが、これを受けて年明け早々に3年ぶりの介護保険制度の介護報酬改定論議が高まる。そして来年4月からは大学病院やナショナルセンターなどの特定機能病院の診療報酬が包括化される。さらに来年8月末までに全国の病院の「その他病床」は一般病床か療養病床かの選択を迫られている。
度重なる患者自己負担増で切り抜けてきた医療保険であったが、自己負担増は「タクシー運賃説」といって、引き上げた直後はさすがに患者は減るが、間もなくもとどおりに戻ってしまう。それよりも医療費そのものの効率化を図ることから医療供給体制と診療報酬体系の見直しの方が長期的には効果が大きい。

医療供給体制の見直しでは、厚生労働省はさる8月に「中間まとめ」を発表した(図)。それによると、①急性期医療の効率化・重点化と質の向上、②病床の機能分担(リハビリテーション、長期療養、専門病床、ケアミックス型)といった機能の明確化と、情報提供と患者の選択を主な内容としている。つまり需要抑制から供給抑制に政策はシフトしようとしている。年末から年明けにかけてこの方向はさらに明確になってくるだろう。

一方、小泉改革の目玉である経済財政諮問会議が提起している株式会社の医療参入、混合診療の自由化にどう対応していくかという課題も差し迫ってきている。株式会社解禁論者は、医療界は閉鎖的で、株式会社の参入によって競争が促進され効率的な経営が可能という主張であるが、これに厚生労働省や医療界からは大きな反発を招いている。また、混合診療の自由化論者は公的医療保険制度の守備範囲は限られていることから現在の医療を悪平等といい、保険給付に自己負担を追加して選択できる医療の幅の拡大を求めている。いずれの主張も現在の日本の医療を画一的すぎるという点で共通している。
今後、医療に「差異」を認めるかどうか、つまり医療の公平、平等とは何かが問われているといえるだろう。

(健康かながわ2002年11月号)
中央診療所のご案内集団検診センターのご案内