情報サービス
健康かながわ

遺伝子と生活習慣病

人の髪の色や肌色、身長の違いなどは遺伝子の働きによるものである。高血圧や肥満、糖尿病、がん、心臓病、脳卒中などいわゆる生活習慣病も遺伝子と関係していることが分かってきた。血圧の上がりやすい人、肥満になりやすいタイプなどが遺伝子レベルで解明されてきたからである。今回は、「遺伝子と病気」の関係について、佐藤良明・読売新聞東京本社科学部記者に寄稿いただいた。

「遺伝子と病気」

最近は新聞やテレビのニュースでも「遺伝子」という言葉がしょっちゅう登場する。人間の遺伝子を解明する研究が猛烈な勢いで進んでいて、私たちの身に起きる病気とも関係が深いことがだんだんわかってきたからだ。
具体的に病気とどう関連しているのかをみていくにあたり、遺伝子とは何かをおさらいすることから始めよう。

人体は約六十兆個の細胞で構成されている。その一つ一つに核と呼ばれる部分があって、その中に遺伝子はある。正体はDNA(デオキシリボ核酸)という物質だ。DNAは、ばらばらに存在しているのではなく、染色体というひも状の構造になっている。
遺伝子は「生命の設計図」という言い方をする。この設計図は4種類の塩基という化学物質で構成されている。塩基はA、G、C、Tというアルファベット四文字で表現され、文字の並び方で機能が決まる。人間の場合、約三十億文字からなる。この中には、意味つまり機能のわからない文字もかなり含まれている。

三十億文字全部がDNAであり、遺伝する全部の情報ということで「全遺伝情報」(ゲノム)と呼ぶのが一般的だ。人間ならヒトゲノム、稲ならイネゲノムとなる。ゲノムの中で意味のわかる部分が「遺伝子」に該当する。
たとえてみると、遺伝子は意味がある文字の並びだから「文章」だ。平均して千から二千文字で書かれている。文字は書かれていても意味のない部分は、専門用語でイントロンという言い方をする。全体では、意味を持つ文章、つまり遺伝子は約三万個ある。

遺伝子は人間の特徴を左右する。

肌や毛髪、目の色、体の大きさといった特徴や体質を決めている。遺伝子の情報をもとに、たんぱく質が製造され、それが体の部品になったり、生命活動を支える化学反応のもとになる。遺伝子が生命の設計図と呼ばれるのはそのためだ。

では、もし設計図が変だったら、私たちの体はどうなるのだろうか。ついつい心配してしまうが、その前に、病気について考えてみよう。
生活習慣病と称される病気がある。以前は成人病と言っていた。中年以降の成人になると主として発症する病気だからだ。
塩辛いものを多く食べて高血圧になってしまう例や過剰なエネルギー摂取で糖尿病にかかる例のように、食生活の乱れや運動不足、喫煙など「日常生活での習慣的な振る舞い」が発症に関わっている病気を「生活習慣病」と呼び替えた。成人病という名前だと、若いうちは無茶をしても構わないと誤解されやすい。本当は若い頃から、食事や運動に気を配るべきだ。
日本人の死因一位の「がん」も、喫煙など生活習慣が発病に関与しているとされる。  ただし、生活習慣が発症を促す反面で、喫煙者が全員、肺がんになるわけではないように、同じ生活をしていても病気になる人とならない人がいる。どうしてそうなるのか、遺伝子の研究から見えてくることもある。

脳卒中なら脳卒中を起こす直接の原因遺伝子というものは残念ながら見つかっていない。特別な病気を除けば、生活習慣病のような多くの人がかかる病気は、たったひとつの遺伝子の故障で発病するのではなく、さまざまな要因が複雑に絡み合っている。要因のひとつが、生命活動を担うさまざまな遺伝子にみられる「個人差」だ。

遺伝子の個人差 SNP 

人間の全遺伝情報は約三十億個の化学物質でできていると説明したが、所々で文字(塩基)の並びが違っている。全体の0・1%にあたる約三百万文字の並びに個人差が見られる。専門的には一塩基多型(SNP)と呼び、一文字の違いだが、病気のなりやすさに関係することがわかってきた。先に説明した「生命の設計図」がちょっと変だった、と考えてもらえればいい。
肥満を例にしよう。心臓病、糖尿病など多くの生活習慣病は肥満から引き起こされることが少なくない。間違いなく生活習慣病の危険因子だ。では、だれもが運動して食事を改善すれば痩せるかというと、そうでもない。SNPが関係してくる。  人体が生命維持に最低限必要なエネルギーを基礎代謝量といい、心拍、呼吸、消化管の運動、脳神経細胞の活動などで消費されるエネルギーだ。一日あたり成人男子で千五百キロ・カロリー、女子で千二百キロ・カロリーになる。  この基礎代謝と運動によって消費したエネルギーの合計が、食事で摂取したエネルギーを上回れば体重は減る。

ところが、体の中で「脂肪を分解しなさい」「熱を生み出しなさい」など痩せるための情報を交感神経系で伝える「β(ベータ)3アドレナリン受容体遺伝子」で、SNPが見つかっている。調べてみると、SNPのない人に比べて、基礎代謝量が一日二百キロ・カロリーも低いことがわかった。これは日本人の三人に一人が持つ個人差だ。

さらに、体の中で熱を作り出すのに褐色脂肪細胞という特殊な細胞が機能しているが、この細胞でエネルギーを熱に変換する働きを担う「UCP1遺伝子」にSNPがあると、基礎代謝量が一日百キロ・カロリー低下してしまうことも判明している。こちらのSNPも日本人の四分の一が持っているという。

もうひとつ高血圧の例も。アンジオテンシノーゲン遺伝子(AGT)という長い名前の遺伝子がある。アンジオテンシノーゲンは、肝臓で作られるたんぱく質の一種で、体の中に塩分と水分を貯めこむ働きをする。血液中の濃度が高いほど、貯め込みが盛んに行われていると考えていい。

高濃度だとどうなるか。塩分(ナトリウム)が血管の内側に入り込み、血管を収縮させるよう仕向ける。これで血液は流れにくくなり、スムーズに流すため血圧が上がる。また「喉が渇いた」という情報が脳に伝わり、脳からの指令で水分を摂取することになり、増えた血液を全身に送り出すために血圧が上がるという悪循環になる。

このAGTにも個人差があり、SNPを持つ人は血液中のアンジオテンシノーゲン濃度が、持たない人より平均して高かった。白人ではこのSNPは四〇%ほどだが、日本人では八〇から九〇%は持っている。
同様に、糖尿病や心臓病、動脈硬化、がんなどでもSNPの研究が進められている。「体質」という曖昧だった言葉の正体が、いずれは遺伝子で解明されてくるはずだ。

「人体は遺伝子に支配されている」

ちょっと大げさだが、こうした話は「何をしても所詮は遺伝子の束縛から逃れられない」と私たちを少し悲観的にする。それでも、繰り返し強調するが、病気になりやすいSNPを持っていてもならない人がいるし、逆に持っていなくてもなる人がいる。

肥満遺伝子を持つ私は節制しても無駄だ」と嘆く前に、日々の食生活を見直したり、適度な運動を怠らず、生活習慣病から身を守りたい。それくらいの知恵は私たちは持ち合わせている。人体は遺伝子だけに束縛されているのではなく、環境(わが身の処し方)と相互に関連し合っているのだから。

(健康かながわ2003年1月号)
中央診療所のご案内集団検診センターのご案内