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健康かながわ

睡眠時無呼吸症候群

睡眠時無呼吸症候群が突然、新幹線の居眠り運転で知られるようになった。しかし、専門家の間では20年位前から「いびき」との関係で関心を持たれていた。睡眠障害による事故は、通勤電車や高速道路の運転だけでなく、米スペースシャトルの整備などにも影響が出ている。どのような治療法があるのだろうか。佐藤良明・読売新聞科学部記者に寄稿いただいた。

JR山陽新幹線で今年二月に起きた居眠り運転のトラブルは記憶に新しい。運転士は、昼間の仕事をする時間帯に強い眠気を催す重症の「睡眠時無呼吸症候群」(SAS  Sleep Apnea Syndrome)だったことがその後に判明。一見とっつきにくそうな名前の病気がにわかに注目されるようになってきた。
筆者もSASと診断され、治療中の身。新幹線のトラブルを耳にした瞬間に、「おそらく自分と同じ病気だろう」と思った。個人的な体験も踏まえて、SASを検証してみたい。

SASの問題は急に出てきたわけではない。SASも含めた睡眠障害が重大事故の引き金になる危険性は、専門家の間では以前から指摘されていた。自動制御装置のない電車や高速道路で同様の事態が起きたらと思うとゾッとする。その意味では新幹線トラブルはSASの警鐘という格好の機会になった。
単に一個人の病気というレベルにとどまらず、他に睡眠障害の患者がいないかなど、職場全体の労務管理という面でも見過ごせない。大惨事を未然に防ぐ対策が急がれる。

二月のトラブルをおさらいすると、新幹線は運転士が「不在」のまま、最高時速約270キロで8分間、約26キロにわたって走り続けた。33歳の運転士は体重が100キロを超え、高血圧気味。前夜に飲酒していた。
SASは肥満の中年男性に多い。運転士は、数年前から熟睡できず、昼間激しい眠気に襲われるという自覚症状があったという。典型的な患者だった。

肥満の人は就寝中、のどの奥の気道がふさがりやすく、いびきがひどい。人によっては一分近く呼吸が止まるなど、無呼吸の時間が長く家族を驚かせる。「十秒以上続く呼吸停止が、一時間に五回以上」をSASとするのが国際的な診断基準で、二十回を超えると治療となる。
筆者もそうだった。「就寝中、呼吸が何度も止まるよ」との家族の指摘をかなり前から受けていた。質の良い眠りではないことは薄々わかっていた。というのも最も疲労感が強いのは起床時だったからだ。爽快なはずの朝がつらい。新幹線の居眠り運転士は「前夜に10時間は眠った」と述べたが、「SASは長く寝るほど疲れがたまる」というのが私の実感だ。

睡眠障害と事故

国内のSAS患者は200万人との推計もある。だがまだ日本では、良質な眠りが得られない睡眠障害が病気であるという意識が低い。睡眠障害の患者が公共交通機関の運転者となり、治療を受けていないことは大きな潜在的リスクだが、社会全体の問題と自覚されることは、これまでほとんどなかった。

専門家が詳しく調べると、睡眠障害が絡んでいると見られる重大事故は驚くほど多い。1995年にアラスカ沖で起きた米客船「スター・プリンセス号」の座礁は、SAS患者の航海士の判断ミスが原因だった。1986年の米スペースシャトル「チャレンジャー」爆発事故では、不眠不休の仕事で、職員が注意力散漫となって、整備不良を発見できなかったとされる。

国内でも重大なトラブルは起きている」と指摘するのは、虎の門病院(東京都港区)呼吸器科の成井浩司医師だ。筆者の主治医でもある。重症のSAS患者だった私鉄の運転士が、停止すべき駅を通過するミスを二度繰り返し、社内処分を受けた。トラック運転手が月に5回も居眠り事故を起こして解雇されたケースもあった。

欧米の調査では、SAS患者が交通事故を起こす危険性は、健康な人の約7倍に上るとされる。順天堂大グループの調査でも、SAS患者の交通事故頻度は一般の2.5倍との結果が出ている。

SASの治療はシーパップ療法

image深刻な病気のようだが、実は治療は難しくない。鼻にマスクを装着して、そこに圧力をかけた空気をホースから持続的に送り込むCPAP(シーパップ)療法は、有効性が国際的に認められている。
筆者も成井医師の無呼吸外来を受診。昨年7月にSASと診断されたが、CPAP装置で治療を始めてからは心地よい睡眠を取り戻している。

診療は、日中の眠気に関する問診(右表)から始まる。その夜は自宅でセンサーを付け、寝ている間の呼吸状態をチェックする。SASと診断され、治療が必要となると、CPAP装置の登場だ。月一回の通院を条件にレンタルできる。保険がきくので、支払いは月三千円程度だ。
初めは鼻マスクに違和感があり、ホースから送り込まれる空気も気になって目がさめた。それでも一か月試すと、慣れてぐっすり眠れるようになり、今では手放せないくらい快適だ。

とはいえ、根本的解決法は体重を落とし、のどの奥の肥満を解消すること。SAS患者は高血圧、動脈硬化にもなりやすい。健康管理の大切さを痛感している次第だ。
主治医の成井医師は、筆者も含め年間約2000人の患者を診察し、「治療後の患者で、居眠り事故を起こした例はない」と話す。「大事なのは患者の"掘り起こし"。それには国や雇用企業の意識向上が不可欠だ」と力説する。

睡眠障害による米国の経済損失は年間70兆円!

米国では約十年前、睡眠障害による経済損失が年間七十兆円とはじき出されたことをきっかけに、SASなどの睡眠障害による人身事故や医療ミスを減らすための具体的な取り組みが、国を挙げて始まった。各地域に啓もう、診断・治療にあたる専門の睡眠センターが設けられ、今では約四千の専門機関が整備されるまでになっている。

これに対し、日本ではわずか三十か所。検査に手間がかかる割には、診療報酬が低いこともあって、立ち遅れている。厚生労働省では睡眠障害と事故の関連をテーマにした研究班を発足させてはいるが、対応は後手に回っている。
新幹線トラブルを重く見たJR西日本などは、SASの問診など緊急対策を打ち出した。意識改革としては一歩前進だが、対策を企業任せにしているのでは、なかなか改善しないだろう。

国土交通省や厚労省も、睡眠障害の検討会や勉強会を開催するなど、重い腰を上げ始めた。いずれにせよ、重大な事故が起きてからでは遅い。「高速化する公共交通機関の運転士などには、職場での健診の義務づけといった対策を国が促す必要がある」。こう訴える専門家の言葉は重い。

最後に参考として、神奈川、東京でSASの診療が可能な主な医療機関を紹介しよう。 ▽横浜呼吸器クリニック睡眠呼吸障害センター(横浜市神奈川区、045・317・6005)▽愛仁会大田総合病院(川崎市川崎区、044・244・0131)▽虎の門病院(東京都港区、03・3588・1111)▽神経研究所付属睡眠呼吸障害クリニック(東京都千代田区、03・3556・9181) ++++

(健康かながわ2003年12月号)
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