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神奈川学校保健研究会・夏期講習会 PART2 「こころのミステリー」作家・夏樹静子氏 記念講演

image児童虐待、思春期のこころの発達、問題行動で訴える子どもの心理についての講義や 養護教諭と心療内科医とのトークなどがあった講習会最終日、作家の夏樹静子さんが壇 上に立った。話題を集めた『椅子がこわい--私の腰痛放浪記』の続編ともいえる『心療内科を訪ねて・心が痛み、心が治す』が出版されたばかりとあって、大きな拍手で迎えられた。

「あの痛みは一体どこから生まれていたのだろう? (中略) 何一つ疾患のなかった身体の奥から際限もなく湧き出してきたような、あの猛烈な痛みは……? (中略)  1993年1月のある朝、朝食後いつもの通り書斎へ入った私は、デスクの前に掛け て前日の原稿に目を通し、続きを書き始めようとした。ところがそのうち、腰が怠いよ うな、なんともいえず頼りない感じがして、腰掛けていることが耐えられなって立ち上 ってしまった。
何回か座り直してみるが、どうしても我慢できない。私は突然、椅子に腰掛けられな くなったのだ。それがすべての発端であった。」

『心療内科を訪ねて・心が痛み、心が治す』新潮社刊より 以下、同書より引用

突然訪れた身に覚えのない痛みと倦怠感に襲われて、夏樹さんは「治りたい一心」か ら多種多様な民間療法を知り、試し、終いにはお祓いまで受ける。ペインクリニックに とびこみ、ホームドクターにはモルヒネを打ってくださいと懇願もした。そして知人の 紹介で出会った心療内科医から、初回訪問の席で「典型的な心身症ですね」と告げられ る。心身症とは「精神的に健康な社会人に、ストレスや生活様式の悪影響などが原因と なり、さらに各人の体質が絡み合って、さまざまの身体的症状が引き起こされたケース 」をいい、心の問題で起きる身体の病の総称である。

その後、この医師との間で週一回のファックス交信が始まる。だが、この痛みが心因 と説明されても納得のいかない夏樹さんは〈私の本能と直感が「NO」と叫ぶ〉とノートに記している。発症から3年目の96年1月、夏樹さんは疑問を抱いたまま、医師 の勤務する総合病院の心療内科へ入院する。

絶食療法の先に見えたもの

入院後の3週間あまりが医師からの聴取や問診に費やされたのち、12日間の絶食療法に入る。期間中は点滴と飲料水以外の飲食は禁止され、個室に隔離されて心身の苦痛 と直面して過ごす。そして初めて、医師の積極的な指示や指導を受けた。
それによれば「私の意識はこれまで常に仕事に前向きで、絶えず自分を鼓舞して新しい作品に挑戦 してきた。(中略)しかし、私の気がつかない潜在意識は、もはや疲れ切って休息を求め ていた。意識と潜在意識とが乖離したあげく、潜在意識が幻のような病気をつくり出し てそこへ逃げ込んだ「疾病逃避」が私の発症のカラクリなのだ」という。
仕事への執着が重しとなって重症患者となった夏樹さんに対して「作家としての人生を断念し、一主婦として生きなさい。夏樹静子の葬式を出そう」とまで医師は決断を迫った。

独特のテンポで聴衆を引きつける夏樹さんは、医師とのやり取りを紹介しながら入院 闘病中も絶食療法で治らなければ訴えてやる! と意気込んでいたと話して会場を笑わ せる。が、次第に医師との間に信頼が芽生え、大きくなっていった経過がユーモア交じ りに語られ、次第に会場は盛り上がっていった。

潜在意識の声に耳を傾けよう

80年代、マスコミに初めて登場した心身症はその後、拒食・過食の摂食障害、顎関 節症、過敏性腸症候群、腰痛に耳鳴りと多様化してきた。同時に、心のケアに対する社 会の理解も高まっている。
心身症と診断され、この病気と向き合った経験を通じて夏樹さんは「自分の中には自分の知らない自分がいる。意識の陰に潜在意識という生きものが潜んでいて、これは何 を考えているかわからない」ことを知った。
まわりの人たちと、あるいは社会とうまく折り合っていこうとするとき、誰もがどこ かで、気づかないうちに無理をしているのではないか。意識していることが自分の本音 とは限らない。時には潜在意識の発する本音に耳を傾けなければいけないのかもしれな い、と。

「仮に意識と潜在意識の両方を合わせて「心」と呼ぶとすれば、心と体がいかに密接 に繋がっているか、心身医学の基本ともいえる「心身相関」に初めて目を開かされる思 いがした」。難病指定の重い病気に対しても心療内科的なアプローチを試みたところ、回 復傾向がみられたことも付け加えていた。

バランスよく、前向きに生きる知恵

人間の行動や価値観の半分は性格によるもので、(性格は)なおそうとしてもなおせな いもの。
闘病のシーンを伝え、その間の心境の変化も語り、思い至ったのが性格のことだった 。芥川龍之介の「悲劇は性格にあり」を引用し、私の"早口・せっかち・あわてもの" は退院後もなおらなかった、という夏樹さん。会場は笑いに包まれる。性格をなおすの ではなく、性格の良い面・悪い面を認めてバランスをとって生きる知恵が必要ではない か、と言葉に力を込める。自分のこころのどこかにいる潜在意識という小動物の存在を 認めるだけで、こころは不思議と落ち着くものだ、ともいう。

病気にかからずに過ごせたら、それにこしたことはない。だがいずれ、心身症という 病気にかかってよかったと思える日が来る。そんな心のうちを話しながら、何かを獲得 したい気持ちがあれば、加齢による喪失ばかりの人生ではないはず、と夏樹さんは目を 輝かせた。一時間半の講演はアッという間に過ぎた。壇を去る夏樹さんに、再び大きな 拍手が贈られた。

(健康かながわ2003年9月号)
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