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鳥インフルエンザ 心配は遺伝子変異による新型の発生

東アジアを中心に猛威をふるった鳥インフルエンザ。日本を含む各国でニワトリなど鳥が大量に死に、ベトナムなどでは人間にも感染して死者が出た。この大流行は、人から人へ感染する新型インフルエンザの出現という将来の危機と、食肉の輸入停止など「食の安全」という今そこにある不安を、私たちに再認識させた。

鳥インフルエンザの大流行は韓国が発端だった。昨年12月中旬に韓国中部の忠清北道で、2万羽のニワトリの大量死が発覚した。その後、東アジアで感染が次々と確認され、日本でも1月の山口県を手始めに、各地の養鶏場などで感染した鳥が見つかった。
鳥インフルエンザの病原体はA、B、CのうちA型インフルエンザウイルス。Aの中でも、ウイルス表面の構造の違いで、さらに細分化される。東アジアで猛威をふるうのはH5N1という型だ。
H5N1は、ニワトリ以外の鳥でも見つかっており、鳥類ではそう珍しい病原体ではない。鳥同士の感染流行なら、大量処分による経済的損失はあるものの、そう心配することはない。ただし、鳥から人間に感染し被害を出すことがあり懸念されている。H5N1は一九九七年、香港で人への感染が初めて確認され、この時は死者も出た。

動物の伝染病を全世界で監視している国際獣疫事務局によると、鳥インフルエンザが発生したのは、中国、タイ、米国など12の国と地域にのぼる(2004年3月1日現在)。人間への感染被害はベトナムが最も深刻だ。世界保健機関(WHO)によれば、23人がH5N1に感染し、そのうち15人が死亡。鳥から人への感染にとどまらず、人同士で感染した疑いもある。タイでも9人が感染、7人が死亡した(2004年3月1日現在)。

感染はどう広がったのか。

ウイルスの起源や感染経路が注目される。焦点はウイルス遺伝子の解析だ。WHOなどは各地の遺伝子構造を比べ、感染経路を突き止める手がかりにしようとしている。
しかし結果的に謎は深まるばかり。WHOチームが、九七年の「香港H5N1」と、今シーズンのウイルスとを比較したが、死者の多いベトナムのH5N1遺伝子では、構造に大きな違いがある、との分析結果だった。
独立行政法人「動物衛生研究所」(茨城県)は、山口県で大量死したニワトリのH5N1を調べたが、これも「97年香港」と遺伝子構造が異なり別物と判定した。
動衛研の山口成夫感染病研究部長によれば、ウイルスでは遺伝子を構成する塩基で98~99%は配列が同じでないと、ウイルス同士の関連性を判断するのは難しいという。
動衛研の分析で、山口と熊本の比較ではウイルスの遺伝子は同一とされた。専門家は①渡り鳥から感染した②排泄物などに含まれるウイルスが靴に付着して運ばれてきた、などの可能性を指摘するが、感染経路の特定は難しい。

アジア諸国の流行との関連となるとさらに混迷する。山口のウイルスは、97年香港やベトナムのウイルスとは別物と解析された。WHOは「ウイルスが変異した可能性」を指摘する。結局、感染に連鎖はあるのか、偶然、同時多発したのか不明のままだ。

image鳥インフルエンザを専門家が警戒するのには、もっと重大な理由がある。流行によりウイルス遺伝子が変異して、20世紀に世界を襲った「スペイン風邪」(1918~20年)や「香港風邪」(1968~69年)のように、私たち人類が免疫を持たない「新型インフルエンザ」の出現につながるからだ。
 インフルエンザウイルスは変異のスピードが速い。H5N1は元来、カモの体内にいたウイルスで、カモのH5N1遺伝子は、百年前と構造は変わらないという。

だが、このウイルスは、カモから鶏に感染し、鶏の体内で免疫の攻撃を受けても、それをすり抜けるように遺伝子構造が簡単に変わる。そうした特徴から、鳥インフルエンザが流行を続けるほど、人同士で感染する新型も、いずれ現れると警戒されている。

特に中国南部は、ニワトリ、ブタなど家畜と同居して生活するのが普通のライフスタイル。ブタは人間と鳥のインフルエンザウイルスが両方とも感染する動物で、ブタの体内で遺伝子が変異し、新型が出現する懸念はかねて指摘されている。WHOもこの地域を重点監視している。

「新型インフルエンザ」は、普通のインフルエンザとどう違い、なぜ怖いのか。

冬に人間で流行するインフルエンザはA、B型。ウイルス表面にはHとNの二種類の突起がある。A型ではHは15、Nは9つのタイプがあり、この組み合わせでも分類する。よく聞くAソ連型はH1N1、A香港型はH3N2。
人体には、こうした病原体を排除するシステム(免疫)があるが、ウイルスも手ごわく、頻繁に遺伝子を変異させて、HやNの構造を一部変え、免疫の監視をすり抜ける。
毎冬流行するインフルエンザは、変異しても前シーズンとのズレは小さい。この場合、構造が似た病原体なら、すでに持っている免疫が、ある程度は機能する。専門的には交叉防御免疫と呼ぶ反応だ。

人間で流行するA型インフルエンザはH1、2、3タイプなので、これらが一部変異したウイルスには、人間の免疫がある程度は反応し、ひとり一人の重症化を抑え、社会での流行阻止にも役立つ。しかし新型インフルエンザは、前シーズンまで流行したウイルスとは「交叉」しない。
その結果、いったん感染すると重症化し、多数の死者が出ると予想される。厚生労働省の新型インフルエンザ研究班の推計では、二千万人以上の死者が出たスペイン風邪と同等の感染力や病原性を持つ新型ウイルスが出現すると、全世界で三十億人が罹患し、六千万人が死亡という「悪夢のシナリオ」すらある。

食の安全

動物感染症の問題は、こうした「未来の危機」と同時に、日本人に「食の安全」を考えさせる契機になった。BSE(牛海綿状脳症)の余波で米国産牛肉の輸入が止まり、牛丼が消えたのは記憶に新しい。鳥インフルエンザでもBSE同様にタイや中国から鶏肉の輸入がストップした。
米国はBSE対策で、日本が食肉処理段階で行っている全頭検査は「科学的立場からすれば過剰」と主張する。BSEの病原体である異常プリオンの蓄積しやすい脳や脊髄などの特定危険部位を、生後三十か月以上の牛で除けば基本的には大丈夫との言い分だ。

検査体制をどこまで厳しくするか。輸入再開に向けた日米協議の行方が注目されるが、日本が一貫して主張するのは「科学的な安全以上に安心を確保する対策」(農水省)だ。

一方、鶏肉に関しては、これまで感染したニワトリや卵を食べてウイルスがうつった例はなく、風評被害を懸念する専門家は「過剰な心配は無用」と言っている。それでも、タイの鶏肉加工の施設に農水省の職員が出向き、日本の求める衛生条件を満たしているかどうかチェックするなど、こちらも厳しい姿勢をとる。
食べる側からすれば当然のことであり、潔癖な国民性とも関係してくる。長い目で見て消費者の「信頼」を勝ち取れる手法が最善に思える。

(健康かながわ2004年3月号)
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