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食の安全を考える BSEと鳥インフルエンザ

米国で発生したBSE牛の対策で日本は全頭検査を要求している。しかし米国は「全頭検査は科学的でない」と主張していて輸入牛はストップしたままである。東南アジアでニワトリなど鳥が大量に死ぬ鳥インフルエンザが日本にも発生した。卵や鶏肉を食べても安全である。しかし、人から人へ感染する新型インフルエンザの出現があるのではないかとパニックになった。「食の安全」というテーマでこの問題を取材している小島正美・毎日新聞社記者に寄稿いただいた。

食の安全を考える

山口県や京都府などで発生した鳥インフルエンザ、米国のBSE(牛海綿状脳症)発生など、いわゆる"食の安全"を揺るがす問題が相次いで起きている。のっけから逆説的な言い方だが、これらの問題はそもそも、どこまで食の安全を脅かす要素をもつのか。何が本当に問題かを冷静に考えてみたい。

「今年度から、乳幼児や小中学生も含め、全国民にがん検診を義務づけます」。こう政府が公言したら、おそらく「子供にがん検診をやっても見つかるわけがない。税金の無駄使いだ!」の声が強く出るだろう。
しかし、これと似たようなことが牛の世界では起きている。BSEの有無を調べる全頭検査だ。ご存知のように日本は01年10月から全頭検査を実施している。そうした中、昨年12月24日、米国でBSEが発生した。日本政府、特に農水省は「米国でも全頭検査をしない限り、輸入は認めない」との方針を貫いている。

imageこの問題をめぐって、たびたび気になることがある。評論家や消費者団体の「全頭検査をすれば、感染牛が必ず見つかるのに、なぜ米国は応じないのか」との主張だ。

多くの人は「全頭検査で感染牛が見つかる」と思っているようだが、大間違いだ。図のイラストを見てほしい。4頭ともBSEの感染牛である。BSEの原因となる異常プリオンが腸や脊髄、目、脳に分布しているからだ。

ところが、この4頭を検査しても、「感染」が見つかるのは、異常プリオンが脳内に大量に蓄積したAの牛だけである。残りの3頭は「感染なし」として市場に出荷されてしまう。
なぜか。現在の検査法は、脳の中の延髄に蓄積する異常プリオンを測っているからだ。つまり、脳の中しか調べる方法がないのだ。
科学的な検査とはいえ、延髄のサンプルの取り方によって、感染が発見されたり、されなかったりする誤差もつきまとう。

西欧のチェック体制

こういうことから、BSE問題の先輩格にあたる西欧諸国は全頭にせよ、一部にせよ、「検査自体では安全性を保証できない」という結論に達した。だから、どの国も全頭検査を実施していない。特に英国は30カ月以下の牛だけを食用に回し、検査は一切していない。
その代わり、異常プリオンの存在する危険部位を確実に除去することで安全性を確保している。例えば、フランスなどの食肉処理場では、除去した危険部位はすぐにインクで色をつけ、誤って市場に流れないような仕組みをつくった。また、確実に除去されたかどうかをチェックする監視員を置く体制も整えた。

危険部位の除去とその監視体制をきっちりと整備することが最優先事項なのだ。
となると、米国にまず要求すべきは、「危険部位の除去とその監視体制の整備」、そして「異常プリオンが混じっている可能性のある肉骨粉の給与を豚や鶏にも禁止すること(牛が食べる可能性があるため)」だ。

現在、米国の一部民間業者が「日本向けに限って、全頭検査をし、輸出したい」と準備しているが、いくら全頭検査をしても、危険部位の除去体制が整備されていないうちは、安全な肉とは言えないことをちゃんと知っておこう。

賢いお金の使い方

検査自体が無意味だと言っているのではない。感染牛の発見は、感染源の究明などに役立つ。このため、脳に異常プリオンが高濃度に蓄積していそうな高齢牛(30カ月以上の国が多い)を対象に検査をする意義は大きい。お金に余裕があれば、すべての牛を検査するのも悪くないが、そんなお金があるなら、まずは危険部位の除去体制の整備に回した方がより賢い使い方だ。

「全頭検査イコール安全な牛肉」というイメージができてしまったのは誠に不幸だ。政府やマスコミはいま一度、全頭検査の意味を正しく伝える必要があるだろう。
西欧の事例から推定して、「日本人がBSEに感染する確率は1億人に1人以下」(唐木英明東大名誉教授)という。感染源の未解明など未知のリスクがあり、油断は禁物だが、これまでに分かった事実を基に日米交渉をしてもらいたいものだ。

鳥インフルエンザの誤解

鳥インフルエンザが日本で79年ぶりに発生した。ベトナムやタイでは死者まで出た。日本では感染したカラスが見つかり、家や学校のペットにも「大丈夫か」といった不安が生じた。
ここでも、消費者に誤解があるように思う。鳥インフルエンザが突きつけた問題は①鳥や鶏から人にウイルスが移るか(健康へのリスク)②鶏肉や卵を食べても安全か(食の安全)③家畜同士の感染をどう防ぎ、日本の養鶏業をいかに守るか(感染の拡大防止と養鶏業の保護)、の三つにしぼられる。

私が取材した限り、どの専門家も政府担当者も「人が卵や鶏肉を食べて感染した例はない。ウイルスは熱を加えれば死ぬ。そもそも鳥インフルエンザは人の呼吸器系にとりつくもので、大量に吸い込んだ場合はともかく、食べた場合は胃酸で死ぬ。だから、心配はご無用」と強調していたことだ。
メディアもそういう情報を流したが、それでも「卵のふんにさわって感染しませんか」「羽毛ふとんに寝ていますが、大丈夫ですか」という手紙が私のもとにたくさん届いた。そして、鶏肉や卵の消費量は落ち込んだ。

image鳥インフルエンザの起源は野生のカモといわれる。カモからアヒルや鶏にウイルスが感染し、そして、人に移る。ウイルスは種を超えて感染すると変異しやすいため、人と密接な関係をもつ鶏や豚に感染が大規模に広がるときが最大の危機となる。いったんウイルスが人に移ると、人から人に移りやすくなる状態ができるかもしれない。それが怖いのだ。

その危機的な状態をつくり出さないために、政府は発生農場の周辺を厳重に囲い込み、卵や鶏肉の移動を制限した。「食品としての卵が危ないから」ではなく、「他の家畜への感染を防ぐため」に厳しい措置をとったのだ。 そこがなかなか理解されない。いったんウイルスが鶏舎に入ると業者は間違いなく倒産する。日本には約1億4000万羽の採卵鶏がいる。1000万羽近い鶏をかかえる茨城、鹿児島、千葉などで発生したら、大手業者の倒産、卵の供給の途絶が起き、大パニックになる 。

こういう工業的な畜産世界のあり方を見直せ、という議論は必要だろうが、鳥インフルエンザ問題の核心は食の安全確保というよりも、家畜同士の感染防止と日本の養鶏業をどう守るか、なのだ。

残念ながら、そのあたりがなかなか理解されない。そんなせいか、多くの専門家は「日本には犬が約1000万匹、猫が約700万匹いるが、そうしたペットを溺愛して感染する感染症の方がよほど恐ろしい。卵ならサルモネラ菌の食中毒の方がよほど問題だ」と指摘する。
政府も、マスコミも、何が重要で、何が重要でないかのポイントをおさえた情報提供をしていくことが大切なように思う。

(健康かながわ2004年4月号)
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