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20疾患の診療ガイドライン 10月から公開

このほど厚生労働省は20疾患についてエビデンスに基づいた診療ガイドラインを作成した。今年の10月からホームページで一般公開される。今回公表される診療ガイドラインは、一般医や勤務医向けの診療ガイドラインである。対象となった20疾患は患者数の多さ、疾患重症度などが基準であるが、生活習慣病をはじめとする慢性疾患がほとんどで患者・家族が利用することも考慮して選ばれた。いずれは患者向けの診療ガイドラインが公開される。今回は武藤正樹・独立行政法人国立病院機構長野病院副院長に寄稿いただいた。

今まで、有効と考えられていた治療法が突然無効となる、あるいは、有効性のある治療法がつぎつぎと明らかになっても、そのスピードが速すぎて一般医や患者さんへの知識の普及が追いつかないなど、医学・医療の知識にまつわる数多くの矛盾が今、世界的な規模で噴出している。

例えば1990年代の初頭、不整脈の発生を抑えるために開発された薬は、当然のことながら不整脈の発生を抑制することによって、長期的には不整脈による死亡を減らせると考えられていた。ところが、患者を無作為に抗不整脈薬を投与する群と偽薬(プラシーボ)を投与する群とに分けて、その長期予後を観察する試験(ランダム化比較試験:RCT)を行ってみると、より死亡率が高かったのは、なんと予想に反して抗不整脈薬を投与した患者群であった。

これにより不整脈の薬物治療が大きく変わることになる。 こうしたランダム化比較試験(RCT)が行われるようになったのは比較的最近のことであるが、1990年代以降にその数が急速に増えて、それによりつぎつぎと新しいエビデンスが生まれている。ここでいうエビデンスとは「医学・医療における科学的根拠」のことで、主としてRCTによって生み出された医学・医療の新知見を指している。 また最近ではこうした新しいエビデンスを集めたエビデンス集も数多く出版されるようになった。

image例えば筆者らが翻訳を手がけている英国医師会出版部発行の「クリニカルエビデンス」(訳書:日経BP社)というエビデンス集は、全世界の最新エビデンスを集めて検証した上で、1年に2回その内容を更新している。その更新スピードは凄まじく、巻頭言には「本書は常にエビデンスをアップツーデートに更新しているので、前の版はゴミ箱に捨ててください」と書かれているくらいだ。 さて、こうして続々と生まれるエビデンスを一般に普及させる仕事も大変だ。先に述べたエビデンス集などの頻繁な出版もそうであるが、最近ではエビデンスに基づいて作成さる診療ガイドライン関連の論文やガイドラインそのものも急増している(図)。

この理由は、RCTに基づくエビデンスの急増を背景としている。またエビデンスに基づくガイドラインの臨床効果が明らかになってきたことも関係している。 例えばわが国ではいまだに成人喘息発作により年間6000人もの喘息患者が亡くなっている。こうした成人喘息の死亡率を低減するために、喘息に関する新しいエビデンスに基づいた診療ガイドラインを一般医と患者とに普及させることが、効果があることがわかってきた。

実際に米国ではこうしたエビデンスに基づいて作成された診療ガイドラインやその運用をおこなうための疾病管理(Disease Management)プログラムが今、急増している。疾病管理プログラムにより診療ガイドラインが地域に普及すると、成人喘息の死亡率が短期間のうちに減ることが知られている。このような診療ガイドラインを武器とした疾病管理プグラムの成功例は、米国では喘息の他に糖尿病や心疾患が知られている。診療ガイドラインに基づいた疾病管理プログラムの成功に刺激されて、21世紀を迎えて世界各国でこうした診療ガイドラインへの取り組みが活発化している。

さて、このような経緯もあって、わが国でもこのほど厚生労働省がエビデンスに基づいた診療ガイドラインの一般への普及事業に乗り出した。厚生労働省がこれまでに専門学会などに補助金を出して作成を支援してきた診療ガイドラインが20疾患についてできた。そして、これらのガイドラインを一般医や患者向けに普及させるために、(財)日本医療機能評価機構でまず、診療ガイドラインのデータベースが作られ、それがホームページ上でも今年の10月から一般公開されることになった。

この20疾患の診療ガイドラインは、糖尿病、急性心筋梗塞、高血圧症、ぜんそく、泌尿器科領域、胃潰瘍、白内障、腰痛症、くも膜下出血、アレルギー性鼻炎、脳梗塞、関節リウマチ、肺がん、乳がん、アルツハイマー病、胃がん、大腿骨頸部骨折、肝臓がん、腰椎椎間板ヘルニア、脳出血のガイドラインである。 これらの診療ガイドラインは、医療従事者や患者が疾患の診断や治療法、予防法の選択するにあたって、最新のエビデンスをもとに手助けをしてくれるような設計になっている。

具体的にはこれらの診療ガイドラインは、次の3つの構成からなる。ひとつは専門医向けのエビデンスを集めた専門家向けエビデンス・データベースで、診療ガイドラインの基になったエビデンスを集めている。二つ目はエビデンスに基づいて作成された一般医(プライマリケア医)や勤務医向けの向けの診療ガイドライン、三つ目は一般の人向けの患者用ガイドラインである。
今回公表される診療ガイドラインは、二つ目の一般医や勤務医向けの診療ガイドラインで、対象とする20疾患は患者数の多さ、疾患重症度、患者・家族が利用することも考慮して選ばれた。また、これからは診療ガイドラインに対する患者理解が重要となるので、患者向けの診療ガイドラインに期待がかかっている。特に、今回作成された疾患のほとんどが、生活習慣病をはじめとした慢性疾患ばかりだ。慢性疾患の治療成績を向上させるには、患者の疾患理解と治療への積極的な参加が必要なことは言うまでもない。こうした観点から診療ガイドラインの一般公開と患者用ガイドラインの作成が、今回の事業の重要なポイントとなるだろう。

既に、日本胃癌学会の公表した胃がん治療ガイドラインでは患者用ガイドラインも作成されていて、一般の書店でも容易に購入できる。 さて、こうした患者用ガイドラインが今後、一般医、患者の間に普及すると、以下のような会話が診療室で聞かれるかもしれない。

患者「診療ガイドラインによると、私の場合、この治療法が勧められていますね。」
医師「そうですね。では、この治療法で行きましょう。」 あるいは、
医師「いえ、あなたの場合は、○○という個別事情があります。ガイドランが前提としている一般的事情と異なりますから、こちらの治療法が適切です。」 こんなやりとりが診察室で普通におこなわれる時代が間もなく来るのかもしれない。診療ガイドラインによりもたらされる21世紀医療に期待したい。

(健康かながわ2004年5月号)
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