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健康かながわ

自律的健康管理とは

現在の産業保健活動をみてみると、社会・疾病構造の変化に伴い、いわゆる「職業病」対策といったものから生活習慣病予防や健康増進へと移ってきた。また厳しい経済環境の中で労働者一人ひとりにかかる業務負担が増加し、メンタルヘルス・過重労働による健康障害も大きな課題になってきた。 こうした課題に対応するため産業保健活動の新しい考え方が提案され、展開され始めた。「自律的健康管理」という考えである。その考え方を提案している一人、ライオン㈱健康管理センターの竹田透・統括産業医に、今月と来月にわたって自律的健康管理について紹介していただく。

自律的健康管理の意義

産業保健活動は、労働による健康障害、職業病の予防を目的として発展してきました。近年では、労働安全衛生法(=安衛法)など規制を中心とした活動が浸透し、職場の有害要因は減少していく一方で、生活習慣病予防や健康増進が注目されてきました。しかし現在は、厳しい経済環境の中で労働者一人ひとりにかかる業務負担が増加し、メンタルヘルス・過重労働による健康障害が課題になっています。これらに関連する安衛法の改正も検討されており、マネジメントシステムの活用や企業の自主的な取り組みも求められてきています。

image一方、4月から個人情報保護法も完全に施行され、健康情報の取り扱い方も十分な配慮が必要となります。個人情報保護は、その仕組みだけでなく、情報保護を通じた個人の尊厳保持に大きな意味があります。この考え方は、インフォームドコンセントとして診療場面では一般的になっていますが、今回の個人情報の取り扱いも、基本は労働者や患者、クライアントを大切にする、という人間尊重の考え方にあります。 欧米ではすでに患者=弱者を医療者が誠意をもって救うというヒポクラテスの倫理観から、治療は自律した存在である人が自らの価値観や考え方をもとに進めるものであり、医療者は専門的な面からサポートをする、というインフォームドコンセントの倫理観に転換していると言われています。

このような状況の中で自律的健康管理が注目されてきています。自律的健康管理とは、「労働者が主体となって自らの価値観や規範に基づいて健康管理を行っていくもの」であり、自らが問題に気付き、目標を定め、解決法を探り、実施評価していく過程で、保健医療職はその自分の今を問う作業を横で見守り、ともに歩く存在としてサポートしていくものです。これはインフォームドコンセントの倫理観に合致するものであり、過重労働・メンタルヘルス対策等で事業者が行うラインケアとともに行うセルフケアをより効果的にする活動といえます。

imageまた産業保健現場では、従来の健康管理・増進手法への限界が感じられています。「専門家の指導に従わない労働者」や「問題点を理解しているが保健行動を継続できない労働者」が少なくはなく、問題を長期間抱え続けた結果、大きな疾病に至るケースをしばしば体験します。もちろん専門家が問題点を指摘し、改善方法を示していく手法で一定の効果があげられてきましたが、新しい手法も求められています。自律的健康管理は、その答えの一つにもなるのではないかと考えています。 このような活動に積極的に取り組み、成果が実感されている事例もいくつかありますが、共通した概念、方法を示に至ってはいません。私たちはその研究に取り組んでおり、現段階で提示できる基本概念・実際のアプローチ方法・課題等について概説したいと思います。

自律的健康管理の基本的な考え方

自律的健康管理では、次の2つのポイントを整理しておく必要があります。 一つは、医療の専門家と健康管理の主体となる労働者の関係のとり方です。医師-患者間における治療関係では、治療方針の決定や治療の実践は、知識や技術、経験に負うところが大きく専門家の意向が優先されてきました。しかし産業保健の場で専門職が関係を持つのは、一定の健康度を備えた労働者です。

診療の過程で医療者が対象を臓器(=モノ)や疾病(=モノに起きている変化)としていたことへの反省もあり、インフォームドコンセントの考え方が急速に受け入れられてきましたが、労働者を対象とする産業保健の場では、それ以上に労働観・人生観を大切にする必要があります。そして「本来、人は自ら健康を維持していく能力を持っており、何らかの外的影響等で健康を損なったとしても、回復する能力を有する」という絶対的な信頼と、「様々な環境要因や遺伝的素因等によってそれが十分に行えない状況」における、労働者の価値観を大切にした専門的サポートが非常に重要になります。

もう一つは、労働者のどのような"健康"に働きかけるのかを明確にすることです。一般に「健康とは病気でないことである」という、健康を病気の残余範疇として取り扱う考え方が受け入れられています。疾病の中心が感染症であった時代には、健康と病気の両者を明確に区分できました。しかし、生活習慣病等の慢性疾患が問題となる現代では、病気と健康の区分が不明確になり、半健康という言葉を置いたり、病気と健康を対極にした一連続軸上の位置で健康状態を捉えたりしています。しかし、自律的健康管理を進める上では、これでは十分に健康を捉えることができないと考えています。

2次元から捉える

健康な人へのインタビューを分析した研究では、健康者にとって健康と不健康は同一軸上にはなく、それぞれ独立した世界のように体験されていて、労働者はこの2つの世界を瞬間的に空間移動しながら健康感を維持している、という結果が得られています。医療者は医学的客観的な評価を基準に考えますが、一般の人々が実感する健康は客観的な部分に加え、主観的に実感する別の次元をあわせた2次元から成り立っていることが示唆されています。

この結果をもとに、客観的医学的な評価に加え、本人の実感に基づく評価すなわち主観的な部分をあわせて取り扱う必要性を重視し、図に示すような健康概念を新たに整理し提案しています。

image縦軸の客観軸は「客観的病気でない度」として、病気の診断、臨床検査の異常値等によって示される従来の医学的な評価・客観的な状態を統合した概念を表現しました。この軸は、病気やそのリスクを有していない状態が最高点(ゼロ点)であり、病気やリスクの程度に伴いこの客観的な病気でない度合いが低下します。 横軸の主観軸は、人の健康に対する実感、主観的に感じている健康の度合いを表現するものです。

これを「主観的健康感」として、ポジティブに感じられている主観的健康からネガティブに感じている主観的健康までを含むものとしました。この2軸によって現在の健康状況を表現し、さらに今後の健康状態の向く方向を示す"ベクトル"をつけることで、将来にわたる健康状態を表現しています。 この2軸の関係は、経験的に正の相関があると感じられます。

客観的病気でない度・主観的健康観がともに低い状態を病気、両者とも高い状態を健康と考えて、病気と健康を一軸上において健康状態を捉えてきたからです。しかし、慢性疾患から精神疾患まで様々な疾病を持ちつつ生活を送る人々を一元的には説明できない場合もあります。慢性疾患を適切にコントロールしていたり、身体障害があっても残された機能を活用して生きいきと生活していたりするなど、客観的病気でない度が低くても主観的健康感は高い状態で生活している人々も多く見受けられます。 逆に医学的検査では特に異常がなくても不定愁訴がある人や、健康を実感できない状況で過ごしている人も少なくありません。

健康を客観的、主観的な二軸で捉えることで、これらの状況を説明することが可能になります。そしてこの捉え方は、自律的健康管理を進めていく上で、医療の専門家が基本的な健康概念として共有し、人の将来にわたっての健康を的確に捉えることで、労働者が自分の価値観を大切にした保健行動を行う際に支援することに活用することができます。

(健康かながわ2005年2月号)
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