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老人保健事業の見直し

高齢化社会の急速な進展で、お年寄りの健康をどう維持していくかが、身近で切実な問題になっている。日本では1982年度から、いわゆる「老人保健計画」に基づいて健康を守る様々な事業が行われてきた。現在は、2000年度からスタートした第四次計画のさなかだ。厚生労働省は今後の保健事業のあり方を考えるため、「老人保健事業の見直しに関する検討会」を設けて、今後の青写真を描いてきた。検討会の出した中間報告をもとに見直しのポイントをまとめた。(読売新聞東京本社科学部次長・佐藤良明)

健康寿命を延ばす

◎老人保健事業

老人保健法に基づく保健事業の対象は、原則、四十歳以上の主婦や自営業者。働き盛りの世代にも健康管理の重要性を説く役割を担っている。
事業には、健康教育、健康相談、健康診査、機能訓練、訪問指導、健康手帳の交付という六種類がある。この中で、私たち一般市民に一番なじみがあるのは、血液検査、尿検査などを行う健康診査かもしれない。

老人保健事業の目的は、糖尿病や心臓病などの「生活習慣病予防」と介護の必要な状況(要介護状態)にならないようにする「介護予防」の二つ。ここで言う予防には、一次予防(健康維持)、二次予防(早期発見)、三次予防(重度化阻止)がある。
これまでの老健事業には、一次から三次まで予防活動を体系化して推進する意義があった。たとえば第四次計画には、健康度評価(ヘルスアセスメント)という新たな手法が盛り込まれた。これは、生活習慣病を起こしやすいようなライフスタイルだったら注意を喚起し、健康診査で病気を早期発見し、すでに病気にかかっていたら、どうすれば重症化を遅らせることができるか、など個人別の健康指導とそれに見合ったサービスの提供を行うパターンだ。
そうした先駆的な試みが盛り込まれてはいるものの、老健事業全体としては十分ではなく課題は山積しており、中間報告でも指摘されている。

ひとつは四十歳より若い世代への生活習慣病対策だ。糖尿病や心臓病の患者が増え始めるのは四十代からで、発病を予防するには三十代の生活習慣にいっそう注意が払われなければならない。
また、高齢者に対して、介護予防の観点からの取り組みが十分ではなかったとも指摘されている。

そこで、今後の老健事業のあり方が注目されるわけだが、その前に事業を取り巻く状況をおさらいしておきたい。
2003年5月に健康増進法が施行された。国民は生涯にわたり、自らの健康状態を自覚し、健康の増進に務めることが責務であると規定され、同法の精神から、効果的な保健事業も求められている。また、04年5月には自民・公明の与党側から生活習慣病・介護の両面の予防により健康寿命を延ばすことを基本目標にした「健康フロンティア戦略」が示され、関係省庁が連携して重点的に政策を展開していくことになった。

見直しのポイント

こうした国の大方針の下、中間報告では、老健事業の見直しの基本的方向性について「健康な六十五歳から活動的な八十五歳へ」というスローガンを掲げた。

これまで老健事業では、生活習慣病を予防することによって健康に六十五歳を迎えることを目指してきた。しかし、高齢化社会の進む日本では、健康寿命を延ばすことが重要で、高齢者の自立支援という視点では、社会参加も含めて、生きがいにあふれた活動的な状態で八十五歳を迎えることを新たな目標としている。
高齢者なら病気の一つや二つはあるのが普通。中間報告では、病と共生しながらも、自己実現ができるような新しい高齢者像を描いている。

具体的に、介護予防に向けて強化すべき分野を中間報告では様々挙げている。
ひとつは、認知症(痴呆)や鬱病の対策だ。軽症でも、将来の介護を視野に入れる必要がある。早期発見による対応が重要になるが、もっぱら専門家まかせなのが現状だ。中間報告では、こうした病気について、家族や地域で簡単に取り扱える評価方法の開発が必要だと指摘している。

また、口腔機能の低下を防ぐ対策や栄養状態の改善への取り組みも求めている。
食べ物を噛んだり、飲み込む力は、栄養状態を良好に保つのに必要だ。高齢者が身体を弱らせて、介護の必要な状態になる原因を突き詰めると、結局「低栄養」に行き着く。

現在でも健康診査で歯周病はチェックされているが、中間報告では、口腔機能低下予防と栄養改善とのサービスを連携させ、知識の普及まで含めたきめ細かい目配りが必要としている。特に栄養改善では、食事の楽しみというQOL(生活の質)の側面にも注意を払うべきとしている。

一方、運動機能の維持・向上も懸案だ。
高齢者は骨粗鬆症になったり、転倒でも骨折しやすく、関節疾患なども起こしやすい。一度、床に伏すと筋肉が落ち、結果的に寝たきりになる潜在的危険をはらむ。こうした悪循環を絶つため、機能訓練に積極的に筋力向上メニューを取り入れるなどの対策が必要だと指摘している。

厚生労働省老人保健課は「〇五年度は第四次計画に基づき引き続き事業を展開、〇六年度から見直し策を推進したい」と説明している。

がん検診は量から質へ

ところで、介護予防に先立つ懸案として、若い世代の生活習慣病予防がある。中間報告では、三十九歳までに健康な生活習慣の確立をめざし、四十歳から六十四歳までは、それを維持する、としており、ライフステージに応じた老健事業のサービス提供を明確化するよう求めている。

一方、老健事業見直し検討会とは別の検討会が、「がん検診」の再評価を進めている。心臓病や糖尿病、高血圧なども高齢者にとっては気がかりだが、がんは長く日本人の死因第一位であり、その克服は大きな懸案事項。「がん検診」の洗い直し作業も、老人保健の核心のひとつと位置づけられているからだ。

老健事業では胃、乳房、子宮、大腸、肺の五種類のがん検診がメニューにある。そのうち、これまでの検討で、乳がん検診では現行の視触診に、新たにマンモグラフィ(乳房X線撮影)の併用が望ましいとし、子宮頸がん検診でも、現行三十歳以上としていた対象年齢を二十歳以上にとの提言をまとめた。

さらに、乳がん、子宮がんについては、実施主体である市町村が検診の質を調査して公表する制度の導入も検討されている。厚労省老人保健課によれば「従来の検診はどれくらい行っているかという『量』が問題だったが、むしろ十分な技量を持つ医師・技師によって行われているか『質』が問われる」という。

マンモグラフィに関しては関係学会の研修会があり、検診医や技師がこれを修了しているか調査したり、マンモグラフィ機器が学会で決めた仕様基準を満たしているかなどが調査対象になりそうだ。

介護保険制度の見直しも論議されており、制度間の連携も焦点になってくる。さらに生活習慣病予防や介護予防を効果的に実施するには、科学的根拠の蓄積も怠れない。関係者による英知の結集が望まれる。

(健康かながわ2005年3月号)
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