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健康かながわ

自律的健康管理とは②

現在の産業保健活動をみてみると、社会・疾病構造の変化に伴い、いわゆる「職業病」対策といったものから生活習慣病予防や健康増進へと移ってきた。また厳しい経済環境の中で労働者一人ひとりにかかる業務負担が増加し、メンタルヘルス・過重労働による健康障害も大きな課題になってきた。

こうした課題に対応するため産業保健活動の新しい考え方が提案され、展開され始めた。「自律的健康管理」という考えである。その考え方を提案している一人、ライオン㈱健康管理センターの竹田透・統括産業医に自律的健康管理について紹介していただく。

保健指導の問題点

image“保健指導”の現場では、健康診断結果で生活習慣病やそのリスクがあるのに、いくら指導しても治療や保健行動に結びつかない状況をしばしば経験します。これは前回提案した健康概念の2軸を用いると次のように説明することができます。保健医療職は健診結果=医学的評価をもとに、労働者の生活習慣の改善を求めていきます。この際、本人の持つ価値観を意識しないで客観的評価のみでアプローチをすると、その結果として主観的健康感を損なっているというわけです。病院における医師患者関係で、患者が医学的評価に基づく診療・指導を希望している場合には、このようなアプローチは当然です。

しかし産業保健の現場では、本人の価値観を考慮しない指導に対して一部の労働者は拒否的な態度を示し、保健行動に結びつきません。また指導に従って一時的に保健行動を起こし客観的病気でない度が改善したとしても、主観的健康感が低下してしまうため保健行動が持続できず、結局以前の状態に戻ってしまい、主観的健康感のみが低下する結果(失敗体験あるいは産業保健スタッフに対するネガティブな感情が残る結果)になると説明できます。(図1)

客観的病気でない度のみを改善する働きかけを一律に行っても、集団としてみるとある一定レベルまでの改善は期待できます。しかし前述のような理由で、同時に限界も実感されてきます。職業病予防を中心として産業保健活動が行われてきた過程では、産業保健スタッフと労働者の間には労働によって健康を損なうことを防ぐ、という価値観を共有することが容易でした。

しかし、生活習慣病予防や健康増進が主要なテーマになり、産業保健スタッフは医療者と患者の関係を産業保健の場に持ち込みましたが、労働者の価値観との不一致・ギャップが生じ、このような問題を出てきたと考えられます。

日本の食生活を 見直すきっかけ

image自律的健康管理を進める上では、労働者のよりよく生きようとする力への信頼、そして労働者の価値観を重要なものとして取り扱うことが重要です。これを前提として、私たちは健康の方向を示すベクトルの向きを4象限に分けて、それぞれのアプローチ・関係の取り方を考えています。

まずⅠ象限(客観的病気でない度がゼロ方向・主観的健康感が高まる方向)では、回復過程を喜び見守るという姿勢で関わることが大切です。専門家は高い位置から医学的評価を述べるのではなく、「○○さんの嬉しそうな感じが伝わってきて私も嬉しくなりました」という人として素直な感想を述べるにとどめます。また本人の体験を物語として語る場を共有して、その人固有の体験をより確かなものにすることも有効です。

Ⅱ象限は前述の例(図1)でも示した様な状態です。従って、ここではまず本人の価値観に沿ってみること、すなわち医学的なリスクとして考えられる生活習慣を送っているその人の生活を思い描くよう努めます。ただ飲酒量が多いという事象だけではなく、非常に強いストレスや緊張から自分を解放する手段として飲酒という行動が今役立っている、といったような見方をします。そのことを理解した上で、健康上のリスクについて正しく冷静に伝え、本人にとって大事なことをそがない方向で、リスクを低くする方法を一緒に見出していくというあり方になります。

Ⅲ象限では、この人がよりよく生きようとしている力を阻害している何かがあると仮定して、それについて検討してみること、そしてその人の良くなろうとしている部分(例えば面接の場に来てくれたこと等)を見つけ、そこをきっかけに一緒に進んでいけるようつながりをつけるという方法が必要です。

Ⅳ象限では、客観的病気でない度がゼロに近づくことが不可能な病態もありますが、「太く短く生きるんだと豪語して治療を受けない高血圧の労働者」のようにゼロに近づく可能性がるにもかかわらず低下する方向にある場合もあります。産業保健では安全配慮義務を果たすことも重要であり、労働者の考えのみを優先することはできません。本人に対してこの点を明確に説明し、そしてその上でできる限り主観的健康感を損なわないよう客観的病気でない度を回復させるアプローチが必要になるのです。

以上、それぞれのアプローチを説明しましたが、いずれの場合も相手を尊重する基本的な考え方を持ち、面接を実施する中で相手の価値観を理解し、本人の持つ健康になろうとする力を引き出す(エンパワーする)スキルが必要となります。

自律的健康管理を進める上での課題

自律的健康管理活動についての必要性・重要性の認識は徐々に広がってきています。これは、自律的健康管理が健康上のリスクの軽減・健康問題への早期対応につながり、労働者にとってだけではなく、事業者にとっても安全配慮上のリスクの軽減や優良な労働力の確保などにつながり有効であると考えられるからです。

しかし、その取り組みはそれぞれの企業・事業場で独自に展開されており、その考え方にも幅があるようです。今回の連載で説明した新しい健康概念や産業保健スタッフのかかわり方に加えて、今後は実践するスタッフの教育についての整理も必要であり、さらに産業保健に係る専門職の間で共通の認識と理解を得ていくことが必要です。そして、多くの産業保健スタッフが労働者の自律的健康管理に参加し、その価値をいっそう高めていくことが期待されます。

(健康かながわ2005年3月号)
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