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健康かながわ

『食育』とは何か

現状と将来を探る

食育という言葉を耳にすることが多くなった。食育とは、私たちに毎日欠かせない「食」に関する知識を身につけ、健全な食生活を実践できる人間を育てること、と定義される。2005年7月には食育基本法も施行され、政府は国民運動を盛り上げて、普及・浸透を図るという。健康づくりの基本ともいえる食生活を私たちが見つめ直すためにも、食育の現状と将来について知っておきたい。(読売新聞東京本社科学部次長・佐藤良明)

「食育」という言葉が最初に使われたのはいつだろう。正確にはわからないが、明治時代、陸軍の薬剤監を務めた石橋左玄が、1898年に著書「通俗食物養生法」の中で、「今日、学童を持つ人は、体育も智育も才育もすべて食育にあると認識すべき」と書いている。
さらに、報知新聞編集長だった村井弦斎が1903年に、連載していた人気小説「食道楽」で、「小児には徳育よりも、智育よりも、体育よりも、食育がさき。体育、徳育の根元も食育にある」と述べている。このあたりがルーツとされている。

こうした歴史的な記述から約1世紀を経て、ここ数年、「食育」が注目されてきた。健康増進に携わる関係者の間では、かねてから普及の必要性が叫ばれてきた考え方だったが、より具体的に国民の前に提示されたのは、2002年に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」(骨太の方針)だ。食育を充実することが「骨太の方針」に盛り込まれ、関係省庁にも対策を求めた。小泉内閣の大方針に「食育」という身近なテーマが入ったこと自体が画期的だが、背景には、「食」をめぐる状況の変化があった。

食スタイルの変貌

ポイントはいくつかある。ひとつは、食生活スタイルの変貌だ。たとえば、日本スポーツ振興センターの調査では、朝食を食べない子供は1995年で、小学5年生が13・3%、中学2年生で18・9%だったが、2000年には小5が15・6%、中2が19・9%に増加している。また、家族そろって夕食をとる頻度も減少傾向にある。

食事内容も問われる。一例を挙げれば、厚生労働省が推進する、国民の健康づくりの目安「健康日本21」では、野菜を1日に350グラム以上摂ることを目標にしているが、04年で293グラム(国民健康・栄養調査)にとどまっている。

食生活の変化で、健康への影響も懸念される。厚生労働省の2003年の調査では、肥満と判定される男性は、30~60歳代で約3割に及び、女性でも60歳以上で肥満が多くみられる。また糖尿病患者とその予備群は、1997年には1370万人だったが、2002年には、1620万人に膨れあがっている。こうした事態は食生活も一因とみられている。

一方で、最近特に注目されているのが、BSE(牛海綿状脳症)問題に象徴される「食の安全」という問題だ。
さらに主要先進国の中で最低水準にある食料自給率の問題もある。
つまり、食に対して私たちが無関心ではいられないご時世になったのだ。こうして国民が賢く「食」を選択する力を身につける必要性が叫ばれ始めた。

食育に関する取り組み
社会的課題   具体的対応策   目標
栄養の偏り

不規則な食事

肥満・やせの状況

「食の安全」の新たな問題

食の海外依存
健康づくり運動の推進

食に関する情報提供の強化

生産・製造・流通分野
における体験活動の実施

地元生産・地元消費の推進

学校における食に関する指導の充実

食の安全性に関する
基礎的な情報の提供
栄養バランスの改善
正しい食習慣の形成

農畜産物・食品および農林水産業食品産業に関する正しい理解

地域のすぐれた食文化の継承

食品の安全性に関する正しい知識

(内閣府の資料をもとに作成)

食育基本法

食育という国民生活に密接に関連する事柄を推進するのも政治の重要な使命だとして、2004年に有志の国会議員が議員立法により食育基本法案を提案、05年6月の通常国会で成立、7月に施行された。

基本法の中で「食育」は「生きるうえでの基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきもの」、「様々な経験を通じて食に関する知識と食を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てること」と位置づけられている。

法律ができたことで、様々な連携が求められるようになった。まず国レベルでは、小泉首相を会長に、関係閣僚と有識者らを委員に食育推進会議が05年10月にスタート。内閣府には食育推進室が設けられた。

推進会議では、食育に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るために必要な基本的事項を示した「食育推進基本計画」の策定作業を進めている。食育推進室は「来年3月までに国の基本計画を作り、運動として盛り上げたい」としている。

地方公共団体も都道府県・市町村でそれぞれの推進計画を策定することになる。
もちろん子どもの保護者、教育・保育・医療・保健関係者、農林漁業者、食品関連事業者、ボランティアなどが参加し、家庭、学校、地域などの「場」での活動が望まれる。

具体的には

こうした理念をもとに、具体的には次のような実践が考えられる。
最初に挙げられるのが、家庭での食育の推進だ。親子料理教室などで、望ましい習慣を学びながら、食を楽しむ機会としたり、妊産婦や乳幼児を対象にした栄養指導の充実などが必要になる。

学校や保育所での食育推進も重要だ。食育の指導にふさわしい職員の配置、学校長など指導的立場にある人の意識啓発など、指導体制の整備が望まれる。これに関連して05年4月から、栄養教諭制度がスタートした。小中学校などへ配属されているのは4月時点で27人とまだ少ないが、順次拡充される。
また、食への関心を高める試みとして、生産者と消費者の交流も欠かせない。都市住民に向けてグリーン・ツーリズムを充実させたり、体験農園・滞在型市民農園などの整備促進が大切になる。

さらに、食文化という視点からも食への関心を高めたい。郷土料理を給食メニューに取り入れたり、毎年開催している国民文化祭で、地域の郷土料理や伝統料理を全国に情報発信するなどの工夫が求められる。
今のところ行政の旗振りが目立つが、果たして「食育」は国民にどれだけ浸透するのだろう? 国の食育推進基本計画検討会は、運動の継続性を考慮して「食育推進運動強化月間」や「食育の日」を制定するかどうかについて協議を続けている。

今の食育への関心が一過性のブームで終わらないように、息長い取り組みを私たち一人ひとりも考えたい。

(健康かながわ2006年1月号)
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