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アメリカの最新医療情報“高血圧”

image日本人には高血圧の人がとても多く、約750万人もの人が治療を受けている。だが、心臓疾患が死亡原因の一位であるアメリカでは5000万人が高血圧だという。アメリカの最新医療情報に詳しいニュージャージー州立大学医学部で指導医・教授でもある、横浜市立大学医学部の石川義弘教授に「高血圧」をめぐってのアメリカ事情について寄稿いただいた。

祖先から受け継いだ優秀な遺伝的能力

高血圧はどれだけ多いか

アメリカにおいて5000万人以上の国民が高血圧(収縮期血圧140㎜Hg 、拡張期血圧90㎜Hg以上)であるといわれており、このうち7割は自分は高血圧であると自覚している。しかし、そのうち5割しか高血圧治療を受けておらず、さらに3割しか血圧コントロールが達成されていない。つまり高血圧患者のうちで、良好に血圧がコントロールされている人が3割しかいないということである。また自分が高血圧であることに気づいていない人も3割(つまり1500万人)だから、どれだけ多数の人が危険にさらされているかということであり、定期的に健康診断などで血圧を測ることが如何に大切なことかもお分かりいただけると思う。

高血圧患者の比率は加齢とともに上昇し、白人よりも黒人において著名に多いことが知られているから、白人と黒人を比較した場合、黒人には高血圧であるにもかかわらず、そのことに気づいていないか、たとえ気づいていても治療を受けていないか、あるいは治療が不十分である患者が多いといえるだろう。日本人と先祖を共通とするアメリカインディアンになるとその率はさらに高いといわれている。高血圧の最大の脅威は脳卒中と心筋梗塞であり、両者による死亡は過去30年の間に5割以上減ったが、近年では下げ止まり傾向が強い。さらに高血圧に由来する腎障害と心不全は、近年ではむしろ増加傾向があると言われている。

昔から加齢とともに血圧が上昇することが知られており、その点では高血圧は生理的老化現象とさえいわれていたことがある。フラミンガム研究と呼ばれる有名な疫学調査によれば、55歳でたとえ正常血圧でもその人が死ぬまでに高血圧を発症する可能性は9割あるといわれており、アメリカ人にとって高血圧がいかになじみのある病気であるかがお分かりいただけると思う。こういう統計的数字を目にすると、日本においてさえも、誰でも高血圧から逃れられないと印象を受ける。

高血圧を喜ぼう

もしも高血圧と診断されてしまったら、あなたはどう感じるだろうか。がっかりするだろうか喜ぶだろうか 。通常喜ぶ人は少ないだろう 。高血圧は遺伝するから自分の血筋のせいにしてしまい、なんとも不幸な血筋を背負ってしまったと悲しむかもしれない 。しかし、医学的に見ればこれは半分正しく、半分間違っている。

高血圧の遺伝性は疫学的にも証明されており、高血圧患者のほとんどがいわゆる本態性高血圧と呼ばれるものである。本態性とはわかりづらい言葉であるが、要するに遺伝的要素が強いが本当の原因はなんだかわからないということであり、そのため根治の方法がない。だから降圧剤を飲んで血圧を下げるだけの治療となってしまう。つまり血筋が悪いということになってしまう。この点ではご先祖様を恨むべきである。逆に二次性高血圧とはホルモン異常など、なんらかの明らかな原因があって血圧が上がるものであり、原疾患を治療することによって血圧も下げることができるから、根治治療可能な高血圧ということができる。したがって、大半の高血圧患者は根治不可能である。

高血圧と診断されると、まず言われるのが塩分を控えろということである。これは体内塩分量が増えればそれだけ循環血゚ハが増えて血圧が上がることになり、高血圧の原因となるからである。言い方を変えるなら、例外ももちろん多くあるが、高血圧患者は同じ量の塩を摂取しても血圧が上がりやすい人であるとも言える 。この体質はご先祖様から受け継いだものだから、ご先祖様が悪いということになるが決してそうではない。

古来塩は貴重品であった。英語の給料を表すサラリーの語源がソルト(塩)であることはよく知られているし、それだけ塩が大切なものであったわけである。わが国でも“敵に塩を送る”という言葉からわかるように、塩がどれだけ大切であったかを物語っている。古代において塩が貴重であったころ、人間が生き延びるためには、限られた塩をいかに体内に残して失わないようにして、循環血゚ハを維持して血圧を保つかが重要であった。塩を体内に残すことができなければ死んでしまうからである。高血圧患者はその意味では塩を体内にとどめておくことのできる優秀な遺伝子を持った人の子孫ということができる。

端的な例がアメリカの黒人である。アメリカの黒人は塩分摂取が増えるとてきめんに高血圧になりやすい。面白いことに同じ黒人であってもアフリカではそうでもない。何百年も前に黒人がアフリカから奴隷船で連れてこられたときの状況を考えてみよう。赤道直下で狭く暑苦しい船の中に何十日も閉じ込められ、食料はもちろん水分すら満足に与えられなかったかもしれない。当然のこととしてかなりの数の奴隷がアメリカに着く前に、脱水と低血圧から亡くなってしまっただろう。この時体内に塩を留めておくことのできる優秀な遺伝的能力を持ったものだけが生き延びることができ、生きてアメリカに着いたのである。こうなると、現代アメリカの黒人の子孫が塩分摂取で高血圧を発症してしまうのは、祖先から受け継いだ優秀な遺伝的能力を持っているからといえるだろう。逆にその能力がなければ彼らはこの世に存在できなかったのである。

遺伝的能力が優秀すぎた?

高血圧でお悩みの方は、古代には大切だった遺伝的能力が、先祖に少しばかり優秀すぎたと考えるべきである。古代で貴重だった塩が現代では簡単に手に入ってしまうから、優秀さが過剰反応しているだけだと考えればいいだろう。そういう意味では高血圧を誇りに思ってもいいかもしれない。

大切なことは、自慢に思っているだけで日常生活に気をつけないでいると、そしてきちんと治療を受けないと、優秀な遺伝子であるが故に自分の生命を危うくしてしまうということである。美人薄命と同じだというのは少々おだてすぎだろうか。

(健康かながわ2006年2月号)
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