笑いが注目を集めている。大学の実験結果などから、笑いには心身ともにさまざまな効果があると医学的にわかってきた。「笑う角」には、「福」と同時に「病気に打ち克つ活力」もやってくる。3月2日,神奈川県予防医学協会中央診療所3階で開催された会員制がん専門ドック・ACクラブの「がんセミナー」から「笑いと免疫の関係」を紹介する(編集部)
大阪の吉本新喜劇で笑いと健康について行われた実験結果では、漫才や落語、コントなどお笑い芸を見て大笑いしたあとは免疫力がアップしていたという。大阪大学ではお笑いとドキュメンタリーのビデオを見た学生の血液成分の変化を調べたところ、お笑いビデオを見た学生のNK活性度が向上したという。笑いはたしかに身体によさそうだ。では、その仕組みはどうなっているのだろう。
NK活性度とは、人の免疫システムで重要な役割を果たすリンパ球の仲間・NK細胞が、体内に発生するがん細胞や侵入してくるウイルスへの攻撃をどれだけ活発かを表すもの。活性度が高ければNK細胞の働きが活発になり、免疫力がアップするといわれている。
リンパ球にはNK細胞のほかT細胞、B細胞などがある。身体にあるリンパ腺(節)は、内臓などに多く発生するがん細胞や細菌、ウイルスに立ち向かうリンパ球が集まる場所で、関所のような存在である。風邪などで「リンパ腺がはれている」と言うときはリンパ球が一生懸命、敵と戦っている最中といっていいだろう。人の免疫は、用意周到に仕組まれた二重三重の防御機能を備えた高度なシステムで、リンパ球をはじめとする「戦う細胞たち」は国防軍のエリート集団のようなものなのだ。
風邪には発熱をともなうことがある。37度、38度になるとつらいが、じつはこの体温上昇でリンパ球、白血球が最も活動しやすい環境になり、細菌やウイルスという外敵を迎え撃つための準備を発熱という形で進めている状態なのである。
マウスをぬるま湯につける。引き続きぬるま湯につかったままのマウスと、湯からあげられ寒い場所に放り出されたマウスのリンパ球活性の変化を調べた実験がある。寒い場所に放り出され、長時間その状態にあったマウスはストレスが高まる。その結果、放り出されたマウスのNK活性度は、直後は下がっていた。これを繰り返すと湯につかったままのマウスはその後、風邪を引きやすくなったが、寒い場所に放り出されたマウスは風邪を引きにくくなっていった。環境の変化という適度な刺激=ストレスが、NK細胞を鍛え、細胞としての寿命をのばしたと考えられる。
この結果を人に置き換えてみよう。不安やうつ、怒りに満ちた状態は精神的なストレスを高め、睡眠不足、たまった疲労は肉体的ストレスを生む。こうした状態が続くと体内では抗ストレスホルモンの分泌が促進される。抗ストレスホルモンはリンパ球の働きを抑えてしまうため、がん細胞や細菌、ウイルスを発見して攻撃するという本来の働きができなくなっていく。そして風邪を引きやすくなり、病気になりやすくなる。
がんと宣告されても余命をはるかに上回って生きたり、難病を克服した例などが奇跡のドキュメントと題して放映されることがある。これはマウスの実験結果でいえば、NK細胞の寿命がのびて闘病する患者の生命力を高めたという仮説が立つ。NK細胞が盛んに活動する状態は、がんの抑制ばかりでなく、自己免疫疾患の膠原病や肝炎にも有効であるとする研究発表もある。心身が活気に満ちていくきっかけを笑いが作ってくれるとすれば、大いに笑おうではありませんか。
笑いと免疫の関係は、それを証明する方法がこれまでなかった。が、海外では小児科医が入院中の子どもの前でピエロの真似などをして気分をリラックスさせたり笑いを誘ってその関係を追求したり、早くから研究に取り組む専門家も多かったこともあってここ10年の間に解明がかなり進んできた。つまり、がんの抑制にリンパ球が関わっているらしい。
がん細胞は、生まれた瞬間から常に発生している。その数は三千から五千個/日・人。しかし、NK細胞は血液中に50億個ある。多勢に無勢である。NK細胞がその力をフルに発揮できる環境を整え、維持すればがんは抑制できる理屈になる。その引き金の一つが笑いである。
声を上げてよく笑っているときは、脳の前頭葉が活発に働いている。一種の興奮状態になっていて、脳幹を刺激し、ペプチドをたくさん分泌させ、NK細胞に降り注ぐようになる。ペプチドで活性化したNK細胞は、血液中から肝臓や腎臓、胃など、がんが発生しやすい内臓に向かって行動を開始する。これががん抑制につながる、という仮説が一般化しつつある。
また、ガハハと大声で笑うと肺の換気能力が高まり、遺伝子を傷つけ、がん発生に関係しているといわれる活性酸素を体内から減少させる。大笑いをしなくても、ゆったりとした気分で笑顔で過ごすだけでも効果は期待できるといわれる。好きなことに没頭しているとき、人はいい表情になり、いい笑顔を見せる。日ごろの心身のバランスが大事なようだ。
今回のセミナーで講師を務めたのは天谷洋医師。神奈川県予防医学協会の会員制がん専門ドック・ACクラブの総合診察医である。「近い将来、落語家や漫才師などが病室にごく自然に出入りする日が来るかもしれません。私たち医師や看護師など医療の現場に携わる専門家にも、笑いを誘い、気分をリラックスさせる資質が不可欠になってくるでしょう」と指摘する。セミナーに落語家を招いてお笑いを一席、という企画があっていいとも言う。人の関係をスムーズに運ぶ笑い。笑いが絶えない職場や学校は、それだけで活気にあふれる場となる。