情報サービス
健康かながわ

新型インフルエンザ

人類が免疫を持たないため大きな被害が出ると懸念される新型インフルエンザ。ここ何年も世界を騒がせている鳥インフルエンザ(H5N1型)は不気味に拡大を続け、いつ人間社会で大流行する「新型」にウイルスが変化してもおかしくはない状況と専門家はみている。世界の現状や日本の対策など最新の動向を報告する。(読売新聞東京本社科学部次長・佐藤良明)

インドネシアに注視

imageここ1年ほど、世界のインフルエンザ研究者や世界保健機関(WHO)などの衛生当局は、インドネシアでの鳥インフルエンザの流行状況を固唾を飲んで見守ってきた。
H5N1ウイルスの感染症は、本来は鳥の病気だが、タイやベトナム、中国で、偶発的に人間に感染していた。ベトナムは2004、05年で計39人の死者が出たが、今年はゼロ。04年に12人が死亡したタイも05年2人、今年も11月現在で2人だ。

これに対し、昨年7月に初めて人への感染が確認されたインドネシアは、死者が60人に迫り、最大の被害国になると同時に、鳥を介さず、人から人へ直接広がる新型インフルエンザの震源地になるかもしれないと注目を集めるようになった。
実際、同国の北スマトラ州では5月に一族8人が次々に発症し、7人が死亡する集団感染があり、緊張感はさらに高まっている。
冬になると日本でも流行する通常のインフルエンザ。毎年、予防接種を受ける人が多いが、これはウイルスが流行を繰り返すうちに変異して、一度ついた免疫が翌年には効かない可能性があるため。H5N1も同様だ。

変異したウイルス

image今年7月、英科学誌ネイチャーは北スマトラ地区の集団感染について、こんな情報を掲載した。すなわち、最初に発病した女性から甥に感染、その父親には甥から感染したとみられるが、父親のウイルスを調べたところ、WHOが公表していたH5N1遺伝子と比べて21か所も変異があったというのだ。

実際、ウイルス遺伝子をその変異によって「クレード」という系統で分けると、タイやベトナムで流行した系統はクレード1とされ、インドネシアで流行しているタイプはクレード2で別の系統になるという。H5N1とひとくくりで呼ばれるが、その実像は様々だ。

WHOは新型インフルエンザの流行状況を6段階(フェーズ1~6)に分けている。現在は「鳥から人への感染が起きている」フェーズ3。次が「人間から人間への感染が狭い範囲で起きる」フェーズ4だ。WHOはフェーズの移行を公表するだけで「このインフルエンザが新型です」と宣言するわけではない。今のところ日本政府はフェーズ4になった時点を「新型インフルエンザ出現」としている。

ワクチン開発は?

日本では新型インフルエンザに備えて05年11月に政府が行動計画を策定した。それによると、「パンデミック」と呼ばれる大流行は、最悪の場合、死者が64万人に及ぶと推計している。そこで、新型に効く可能性のある治療薬の備蓄や、本格的なワクチン開発、「つなぎワクチン」の接種など迎撃態勢について大枠を示した。

とはいえ対策は万全ではない。「行動計画は目次のようなもの。これから準備していかねばならない」。11月中旬に東京都内で開かれた新型インフルエンザのシンポジウムで国立感染症研究所の岡部信彦・感染症情報センター長はこう語った。
スペイン風邪など過去の新型インフルエンザをみると、流行には第一波、第二波とある。本格的なワクチンの生産には新型インフルエンザウイルスそのものが必要なため、最短でも製造に半年はかかるとされることから第一波の流行には間に合わない。

従って第一波を乗り切るために、十分な効果は期待できないまでも、当面、鳥から人に感染する鳥インフルンザのウイルスをもとに製造したプレ・パンデミック(前流行期)ワクチンの接種が行われることになる。今のところ、新型に変異する可能性はH5N1が最も高いため、ワクチンメーカー4社が共同で臨床試験を実施している。来年早々にも製造承認を申請し、来春にも認可を得たい考えだ。
もとになるウイルスは04年のベトナム株と05年のインドネシア株。06~07年度で1千万人分を備蓄する計画だ。

社会的弱者への対応が課題

だが、このプレワクチンの量は、国民全員に行き渡らないことからも明らかなように、個人予防ではなく社会予防に使われる。すなわち、「新型」にかかった患者を救う「医療」や「警察・消防」など社会機能を維持する分野の人たちに優先的に使われることになる。

しかし、高齢者や子どもなど社会的弱者はどうなるのかなど、行動計画自体に議論の余地がある。「対応策を固めておかないと市民にパニックが起きる」と懸念する専門家もいる。
一方、通常のインフルエンザ治療薬として使用されている「タミフル」は、新型にもある程度の効果が期待できそう。行動計画では06~07年度は2500万人分を備蓄する予定。とはいえ、世界各国が備蓄を進めており、不足分を簡単に確保できる体制にはない。
専門家は現在の状況を「導火線に火がついた状態。導火線のどこまで来たか不明だが、火が消えることはない」とたとえる。

医学的・社会的・個人的予防

では、新型対策として私たちができることは何か。先のシンポジウムで岡部氏は、医学的、社会的、個人的予防の3種類を挙げた。医学的予防は先に述べたワクチン接種だ。
社会的予防は感染者を隔離して、次なる感染を防ぐこと。多人数が生活する学校や職場はウイルスが新しい人に乗り換えて力を増やす絶好の場だ。流行の兆しが見えたとき、学校では養護教諭、職場では健康管理者の判断が問われる。

そして個人的予防はよく言われる「エチケットマスク」。咳の出る人がマスクをすることで、少しでもウイルスの拡散を抑える方法だ。
合わせて新型の出現前に他の感染症対策もぬかりなく進めたい。通常のインフルエンザワクチンなど可能な予防接種は受けておくことを岡部氏も勧めている。
感染症対策の基本は「うがい」「手洗い」「外出を控える」などごく当たり前のことばかり。学校でも企業でも、どこでもやるべきことは同じだ。新型出現にもあわてることなく身近な防衛策を励行したい。

(健康かながわ2006年12月号)
中央診療所のご案内集団検診センターのご案内