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健康かながわ

新型インフルエンザがやってくる(前編)

毎年、秋から冬へ向かうこれからの季節、インフルエンザ流行の声が聞こえ始める。一方,世界中で大流行が懸念されている「新型インフルエンザ」発生も秒読みの段階に入っているという。感染が拡がれば日本だけで3千200万人が感染し、最悪の場合64万人が死亡すると推計されている。感染者の急増によって交通はもちろん会社や学校は閉鎖され、社会機能が麻痺してしまうといわれている。私たちは「新型インフルエンザ」にどのように対峙していけばよいのだろう。長年、公衆衛生に携わってきた当協会の鈴木忠義常勤顧問が、この「新型インフルエンザ」が発生した場合の状況からその予防・対策も含めて今月号からシリーズで執筆する。

社会機能は麻痺状態

地が震えて山が崩れ建屋が潰れて死・不明者8万人(中国四川省大地震 2008年5月12日)、大波が寄せて海に流れて帰らないもの28万人余(スマトラ沖大地震2004年12月26日)。いずれも被害者数の大きさで世界中の驚きと弔意を集めた。だが人類史の中ではもっと広範囲で巨大な人的被害を算する悲劇がある。
中世、ペストの流行は全世界で7千万人、ヨーロッパで3千万人という。死体の始末が間に合わず、至る所で放置され町は死臭に満ちた。1918(大正7)年、スペインかぜは全世界を席巻し、死者は2千万とも4千万ともあるいは8千万人ともいわれている。

新型インフルエンザがやってくるといわれて10年近くになる。そのときのためにこれまで伝えられている情報を整理し、準備しておきたい。

①なぜ大流行するのか

インフルエンザは、20世紀になって3度大流行した。第1回はスペインかぜ(H1N1)、第2回は1957(昭和32)年のアジアかぜ(H2N2)、第3回は1968(昭和43)年の香港かぜ(H3N2)だ。おおよそ10年ごとに繰り返すと考えられたが、幸いここしばらく大流行はない。
ウイルスのタイプにいうHやNは、ウイルス粒子の表面にある突起のたんぱく質の性質の違いをいう。人間は外来性の異種たんぱくに反応して、その病原性を失わせるような機能がある。免疫である。その経験がないと、ウイルスに接触して感染して大量の患者を発生する。

新型インフルエンザ(以下新型インフル)とは、ヒトにとって新たな、あるいは過去数十年間にヒトに感染したことのない、新しいタイプのインフルエンザウイルス(以下イ・ウイルス)によるものをいう。現在危険視されているのは、H5N1という鳥インフルエンザだ。H5N1は、もともとカモなどの渡り鳥が持っていて、鶏やアヒルなど家禽に時々流行が見られ、時にヒトへの感染が確認されていて、この感染者は約60%が死亡している。

ふつうのイ・ウイルスは、空気とともに呼吸器に入って上部気道の粘膜細胞で増殖し、無数のウイルスが、時に咳、くしゃみの呼気とともに体外に出る。おおむね1メートル以内に落下するが、乾燥すると舞い上がって、再び空気とともに吸い込まれる。空気伝播である。ただし、肺の中にまで入り込んで肺細胞で増殖することはないと考えられている。
しかしスペインかぜではこれが起こり、肺炎死が多くて致死率が高かったのである。

②患者3千200万人死亡者は64万人

1918年から1919年にかけて流行したスペインかぜは、当時の内務省発表によれば、患者数は前流行で2千100万人、後流行で240万人。当時の人口は5千600万人だから、罹患率は前流行37%、後流行4%。わが国のその頃の死亡は120万人前後だったが、この両年は、おおよそ30~20万人超過した(関東大震災の年の死亡は133万人)。毎年の死者の2割に相当する。だから致死率は1・4%と8・3%である。

こんど流行する新型インフルでは、これらの数字とアメリカで予測したモデルを参考に、人口の25%(3千200万人)が罹患し、外来受診者は2千500万人、入院患者は200万人。致死率は2%として、死亡者を64万人と予測している。

国立感染症研究所の研究モデルでは表のような状態を示した。海外で感染した1人が帰国する。2週間後に感染者が35万人になる。このモデルは通勤電車内で患者の周囲半径1メートル以内に1人として計算したのであるから、いわゆるラッシュの感染力は想像を超える。

③社会の混乱

これだけの患者が出ると世の中はどうなるか。学者が集めたスペインかぜが流行した当時のわが国のありさまを少し長くなるが引用させていただこう(岡田晴恵「与謝野晶子とスペインインフルエンザ」ヘルシスト178号)。
「…学校、役所、工場、炭鉱、鉄道を襲い、猖獗を極めた。郵便局では欠勤者が続出し、電報、電話業務が遅れた。
全国の鉄道でも列車の運行に大きな支障が生じた。運転手が不足したのだ。その結果、街では食糧不足が問題視されている。…」

「…医師、看護婦は真っ先に感染し、多くの医療機関では、診療は身動きが取れなくなった。入院患者の給食も滞った。しかし、昼夜をとわず患者は増え続け、火葬場では“焼け残し”が出るほどだった。遺族は仕方なく地方の火葬場で荼毘に付そうとしたため、上野駅や大阪駅では棺桶が山積みになった。…」

「…与謝野晶子は、日本政府の対応の悪さを新聞紙上で酷評している。『大呉服店、学校、興業物、大工場、大展覧会等、多くの人間の密集する場所の一時的休業を命じなかったのでせうか』。一家総倒れの《感冒の床から》の本音であったろう。…」

読者はこれらをどのように読まれただろうか?百年前の話だ。今は違うと考えることも誤りではない。しかしウイルスの性状は変わらないから、たとえば医師、看護師等のいる医療機関は第一線である。危険はいっぱい潜んでいる。個人、社会としてどう防ぐか予防策を次号で考えたい。

(健康かながわ2008年10月号)
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