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健康かながわ

スポーツ現場におけるAED

ここ数年、空前のマラソンブームといもいえる状況です。その火付け役の一つ東京マラソンは、今年26万人(10㎞も含めて)の申込みがあったそうです。11月に神奈川県で行われる湘南国際マラソンもあっという間に定員に達したと報道されていました。しかしその一方で、東京マラソンでのタレント松村邦洋さんの例のようにランニング中に倒れる方も少なくないそうです。そこで神奈川県医師会理事で日本体育協会公認スポーツドクターである、はとりクリニック院長の羽鳥裕先生に松村さんの例も交えてもらいながら突然死とスポーツ現場の現況について執筆していただきました。

スポーツの現場における突然死やニアミスの事例は減ったのであろうか?
2002年11月にスカッシュ中に急逝した高円宮殿下、同年多発していた市民マラソンでの中高年ランナーの死亡などについて自験例を含めて、「健康かながわ」に3回連続(平成15年2月号~4月号)で投稿してから約6年が経過した。

その間、スポーツ突然死の機序が少しずつ解明され、循環器治療が飛躍的にすすみ、医療関係者でなくても扱える自動電気除細動装置(AED)が普及し、公共施設やスポーツの現場にも導入され、多業種の関係者の努力により一次救命措置(BLS)にも習熟した人が飛躍的に増えた。

毎年、学校での突然死は120件報告

日本体育・学校健康センターに報告される児童・生徒についての学校管理下での死亡事故は毎年350件ほどあり、そのうち突然死は約120件で、そのうち80%以上が心臓疾患。着実に減っているとは言い難い。運動中の死亡事故について剖検を行ったもののうち明らかな心疾患が認められなかったものは、急性心機能不全といわれるが、致死的不整脈が誘発されたためと考えられる。学校管理下での心臓突然死の頻度は、児童・生徒10万人あたり小学生0・3人、中学生0・8人、高校生0・9人、いずれも男子に多い傾向がある。また死亡時の運動強度は、中等度以上が80%で、午前中の運動に多く発生し、ランニングに伴う死亡が40%を占める。特にゴール直前直後よりも、ランニング中の事故が68%多かった。

米国における学生スポーツ選手では、10万人あたり高校生0・13人、大学生0・75人となっている。基礎的心疾患を持つものは40%、先天性心臓疾患が50%、心筋症25%、QT延長症候群6%であった。(文献1)

相次ぐ中高年のスポーツ事故

その一方で、中高年のスポーツ事故が相次ぐ。スポーツをたしなむ年齢の上昇と加齢によるパフォーマンス、柔軟性の低下、〝昔とった杵柄〟だからと若い頃と同様の感覚で挑むためと思われるものもある。特に登山、トレッキング、市民マラソン、ダイビングなど体力の要求される種目に多い。

1986年1月、日本においてスポーツと突然死が注目されるきっかけとなったのは、
ダイエー対日立の全日本バレーボール大会。アメリカからの外人選手ハイマンが、試合中、突然コートの中央で倒れ、意識を失った。選手はコート外に出されて交替。TVの生中継はそのまま継続され試合を行い、ハイマン選手はタンカで運び去られたが亡くなった。しかしこの間、救急救命措置の手をさしのべた関係者がいなかったことで、欧米スポーツ界から日本の救命救急に対する姿勢に強い非難を浴びた。

同じ頃、国体で静岡のスピードスケート選手がゴールの直後に倒れてそのまま還らぬ人となった。それを受け、神奈川県体育協会で国体出場選手のメディカルチェックを行い、出場の可否、さらには日常のトレーニングにおける諸注意を喚起し始めた。その後、救急蘇生に関する医療の進化で突然死の多くが心臓に起因し、脳のダメージを防ぐためには、一刻も早く心肺蘇生の重要さが浸透。スポーツの世界では、国際級の選手には種々のサポートがされるようになった。だが市民参加のスポーツまで医療の最新知識の普及は及ばなかった。

実際、2000年以降マラソン大会での死亡が散見している。さらに衝撃的だったことは、2002年11月、皇室の高円宮殿下がカナダ大使館でスカッシュテニスをしている時に突然意識を失い、胸骨圧迫、人工呼吸の救命措置を行うが最後は亡くなった。解剖はされなかったが、心筋症にともなう心室細動による不整脈死であろうと推察される。この場に欧米のようにAEDがあれば救命できたのではとささやかれていた。そしてこの年も5名が市民マラソンで死亡した。マラソンのエキスパートや体力の優れた人も含まれており、衝撃が走った。

奇跡的に助かった松村邦洋さん

今回は、今年3月22日におきた東京マラソンにおける松村邦洋さんの事例を検討してみたい。
この大会には、1㎞弱ごとにAEDを使える2人1組のスタッフが配置されていた。さらに運の良いことに、日医ジョガーズ連盟(JMJA)に所属する54人の医師が、マラソン愛好家のランニングドクターとして走っていた。医師らは回りの走者に気を遣い、遅いランナーを対象に医療支援を行うものもあった。

このマラソンでは救急車の出動は15例に及び、そのなかに心肺停止を起こした松村君がいたわけである。JMJA所属で最初にかけつけた医師は、静岡の松本俊彦医師であった。14・7㎞地点で松村君を抜いたところ、苦しそうだったので「ゆっくり走れ」と注意し、その後振り返るとガードレールにつかまって後ろへのけぞった。そこで松本医師は直ちに駆け寄り、気道確保体制に入って、フェイスマスク、人工呼吸、現場にいた日本光電社員と胸骨圧迫・人工呼吸を行った。そしてモバイルAED隊、救命救急士のカリキュラムコースを持つ国士舘大学生などにより、AED装着。その間、JMJAの医師4人が交替で心肺蘇生して、AEDを2回かけたところで心室細動が解除され、救急車による搬送が行われた。

しかし、松村君はガードレールにつかまったところで意識消失、気がついたら病院であったという。急性冠症候群による右冠状動脈の心筋梗塞、心室細動であった。
救護本部で、AEDの記録波形を確認したところ、AED装着時心室細動の波形、1回目通電で173ジュール。しかし無効。2回目の通電は234ジュールで微弱な頻拍波形が出て心拍再開したという。

ガードレールに倒れてからAED装着までに約6分であり、その後脳障害を残していないことから、AED装着までの間、胸骨圧迫による有効な循環血液量の確保、マスクによる心肺蘇生が有効だったことがわかる。ほかのマラソン大会でも、AEDはおいているが今回のようにわずか6分で装着できるのはよほど運の良いことであり、まさに救急病院の中で倒れたと同じ状態と言えるのではないだろうか?

もちろん心筋梗塞の原因として高度の肥満、食生活、運動習慣など多くのリスクをかかえていたが、まさに奇跡の生還であり、今後に生かして欲しいと思う。(羽鳥裕)
※文献1『呼吸と循環』2001・7:643652 伊藤三吾「若年者における突然死の予知」

(健康かながわ2009年7月号)
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