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新型インフル流行からみえてきた今後の課題

新型インフルエンザが猛威をふるっている。従来懸念されていた強毒ウイルスではなかったが、世界で感染は拡大し、国内でも医療機関は患者であふれかえっている。対策として国はワクチンを打つ優先対象者を決め、順次、接種を進めている。人類に大きな脅威となっている新たな感染症についてまとめた。(読売新聞東京本社科学部次長・佐藤良明)

拡大を続ける新型インフル

image端緒はメキシコだった。2009年4月、海外の通信社は一斉に「同国で豚インフルエンザが人間に感染し、多数の死者が出ている」と打電。世界保健機関(WHO)は各国に警戒を呼びかけた。

インフルエンザの「新型」とはどういう意味なのだろう。毎年冬に流行するのは、季節性インフルエンザといい、私たちは過去に感染した経験を持つ。新型とは、人類が過去に全く遭遇したことのないタイプという意味だ。免疫を持たないため大きな被害が出ると予想されていた。

09年の新型インフルエンザは、4月に発生が明らかになった時点では、強毒なのか弱毒なのか不明だった。厚生労働省は感染症法に規定する「新型インフルエンザ」と認定、日本国内に名称が定着した。その後の分析で「H1N1型」という過去に流行したウイルスの仲間ながら、鳥と豚と人間のウイルスが混じり合う、今までにないタイプだと判明した。一方、症状は季節性と極端に差がないこともわかった。

もともと国は新型について、アジアで感染拡大した強毒の鳥インフルエンザ「H5N1型」が人から人への感染力を持った場合を想定していた。09年の新型は弱毒のため、国民生活が極端に制限される事態にはならなかったが、大流行はやはり脅威。WHOも警戒レベル(フェーズ)を発生当初のフェーズ3から、6月中旬に最も深刻なフェーズ6まで引き上げた。 日本でも5月に初の感染者が確認され、ウイルスの国内侵入がわかった。季節性インフルエンザの経験から、夏には流行が下火になるとも考えられたが、感染は拡大した。

9月以降、患者は増える一方だ。厚労省は11月20日、7月下旬~11月中旬にインフルエンザで医療機関を受診した人の数を推計した。大半は新型の患者で、「国民の14人に1人がかかった」ことになるという。流行の中心は5歳~14歳の子どもたちで、重症例もこうした年齢層に集中しているのが特徴だ。国立感染症研究所の11月27日の発表では、7月からの患者の累計は1000万人を突破したという。

強毒インフル対策への教訓

今も感染が拡大する新型は、危機管理の面で様々な課題をあぶり出した。それは今後出現するかもしれない強毒インフルエンザの対策に教訓となる。課題のひとつは、新型の正体がよくわからなかった09年春の時点で、ものものしい水際作戦が行われるなど、国を挙げて過剰反応気味だったことだ。患者の大半が軽症で済んでいることは、海外の情報が少ない中でも比較的早い段階から明らかだった。それでも、国際路線で厳しい機内検疫が実施された。

最初の日本人感染者は機内検疫で確認されたが、神戸市の高校生の国内感染第1号が間もなく見つかる。水際作戦の限界はたちまち露呈した。機内検疫では、ウイルス侵入を阻止できず時間稼ぎに過ぎない。だが生真面目な国民性を反映してか、応援部隊の医師らも動員し厳格に行われた。強毒型の流行を見据えると、国民の被害を最小限にするため、マンパワーも含めた医療資源をどう有効活用するか。難しい課題が浮上した。

国は新型で重症化しやすい持病のある人や妊婦、高齢者、幼児などをワクチンの優先接種対象者に決め、患者と接する医療従事者を手始めに、10月から順次、ワクチンを接種している。そんな中、接種回数をめぐり国の判断が二転三転した。これが第2の問題だ。
厚労省は専門家会合を開き、大人の臨床試験や海外のデータを基に、成人は1回接種とした。その後、根拠となるデータの不足を理由に原則2回となる。

追加で判明した臨床試験結果から、1回接種でも2回接種と変わらず免疫がつくことがわかり、成人は1回と再度変更された。科学的根拠を求めた末の紆余曲折だが、機敏な対処とは言えない。現状では、ワクチン接種の推進にあたって、行政側も専門家も責任の所在を曖昧にし、その結果、判断がぶれる。米国には予防接種に関する米厚生省への勧告組織があり、国家としての大方針を決めている。日本にも確固たる司令塔が必要だろう。
3番目は、正確な情報が適切な時期に国民へ伝わったのか。「リスク・コミュニケーション」の問題だ。 発生当初は感染確定前の疑い例の段階で公表した。根拠のない噂が広まるのを防ぐことはできるが、詳しい検査で感染が否定されるなど振り回される形になり、対応は難しい。
新型という名前ひとつとっても、予備知識のない一般人は「未知なる強毒のインフルエンザ」と考えがち。現実とは乖離する。米国の研究機関は「2009H1N1インフルエンザ」と表現する。一方、インフルエンザに詳しい松本慶蔵・長崎大名誉教授は「(国民の)注意喚起にはいいだろう」と指摘、新型が妥当な表現だとしている。適否の判断は微妙なところだ。

09年の新型ではパニックや社会機能のマヒは起きなかった。一方で、H5N1の強毒型が流行した場合、国の想定では最悪の場合、2500万人が医療機関を受診し、200万人が入院、64万人が死亡するという。国民の恐怖心もあおられるし、不測の事態も起きうる。感染者のいる地域の封じ込め策は機動的に行えるのか、警察・消防やライフラインなどをどう維持するのか、輸入頼みで脆弱な国内のワクチン生産体制をどうするのか、課題は山積みだ。

犠牲者も出たが、発生当初に比べ、私たちは新型に関する様々なデータや教訓を蓄積できた。強毒型を想定した国の行動計画に適切に反映させたい。 「怖がらなすぎたり、怖がりすぎるのはやさしいが、正当に怖がることは難しい」。物理学者で随筆家の寺田寅彦はこう書いている。今後も人類は未知の感染症と対峙する。この言葉を肝に銘じたい。

(健康かながわ2009年12月号)
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