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健康かながわ

第34回予防医学実務研修会 子宮頸がん検診をめぐる諸問題

宮城悦子・横浜市大医学部准教授

主催:(財)神奈川県予防医学協会
共催:神奈川県都市衛生行政協議会、
   神奈川県町村保健衛生連絡協議会

子宮頸がんは「働き盛り・子育て世代のがん」

8月3日に海老名市保健相談センターで開かれた今回の研修会は、子宮頸がん検診の必要性を訴えている*宮城悦子氏を講師に迎えた。ワクチン接種と検診によって、ほぼ100%予防可能な子宮頸がんをとりまく受診状況、ワクチン開発などの動向、公費助成を進める自治体の増加とその課題といった点にスポットを当てている。司会進行は当協会常勤顧問の鈴木忠義がつとめた。講演のあらましと質疑応答などを紹介する(文責・編集部)。
  子宮頸がんが注目されているのは、30歳代後半から40歳代の女性の罹患率・死亡率が高い。つまり「働き盛り・子育て世代を襲うがん」で、極めて大きな社会的損失だからです。2004年には年間約9、000人が罹患し、約2、500人が死亡しています。しかも年々、若年化しています(図1)。

  ところが日本の一般女性の子宮頸がん検診受診率は、先進国とは思えないほど低いのです。アンケートによる数字では20歳~55歳までの受診対象者のうち、一回も受診していない女性が68%。20歳代で受診経験があるのは10%ほどです。米国の83%をトップにEU各国、台湾や韓国も国の政策として受診促進に取り組んで70%前後の受診率を実現しているのに対し、日本は23.7%に過ぎません。(2007年・OECDデータ)

対策型検診と任意型検診

 子宮頸がんに限らず、がん全般において日本の検診受診率が低い理由はさまざま考えられます。検診のスタイルが混在するのもその一因かもしれません(図2)。日本は医療を受けやすい国ですから異変を感じたら〝受診〟で済む。何もなくても検診を、という対策型が回避されるのでしょう。臨床に携わる専門家が、対策型検診と任意型検診とを区別してそれぞれのメリットを理解し、受診者に的確なアドバイスができればいいのですが…。

  子宮頸がんを発症させるおもなHPVウイルスは15種類、そのうちHPV16、18型による感染が大半です。日本人子宮頸がん患者のHPV16、18型の年齢別検出率は20~29歳で約90%、30~39歳では80%に迫り、世界でも全体では約70%がこの2つのウイルスによるものです。ならば、HPV検査を検診に採り入れたらどうか。だがHPV検査を対策型検診受診者全例に正式に採り入れて実施している国は現在、ひとつもなく、対策型検診の中で大規模な研究が数カ国で行われています(図3)。

対策型の受診年齢上限の設定

対策型検診にHPV検査を併用する場合のガイドラインを、米国産婦人科学会(ACOG)が発表しています(図4)。あくまで3年間隔での検診が基本(20歳代は2年ごと)としていますが、受診年齢の上限設定も必要ではないか、という議論はあります。世界的にみると65歳、70歳に設定している国が目立ちます。

  日本でもHPV検査単独検診?細胞診トリアージモデルが検討されています(図5)。このモデルでは35歳以上を対象とする場合に最も効率的、合理的であるとされています。

子宮頸がん検診にHPV検査を加える意義と問題点

子宮頸がん検診にHPV検査を加えると、どのような変化が考えられるでしょう。
[意義]
・見逃しが少ない…
感度が高いので多くの異形成を検出できる(特に腺がんの見逃しを避けられる場合がある)
・費用対効果の改善…
両方とも陰性の場合、検診間隔を延長できる。細胞診サンプルと同一検体で処理が可能
・未受診者の掘り起こし…
自己採取の精度が細胞診より良好など

[問題点]
・特異度が低い…
多くの偽陽性者が出る可能性があり、精密検査受診者増になり、公的検診として不利益の印象に
・過剰診断、過剰治療に結びつく可能性…
自然消滅が期待される異形成(CIN1・2)が多く発見されるリスクが大きい
・細胞診の精度が高ければ高度異形成以上の病変検出での優位性がない
・最適なトリアージモデルの手法が、まだ定まっていない
・併用検診はコスト高、検査数も増加する

 ブレア政権下で公的検診受診率を80%台まで回復した英国、浸潤がんにHPV検査が有効であるというデータを発表したイタリアなどの取り組みを参考に、これから日本でも対策型検診でのHPV検査の意義の検討が必要です。
  将来の対策型検診体制を検討するには、日本の受診率の低さや罹患率の若年層での増加、細胞診の精度・精度管理の状況など多くの事項を参考に検診業務従事者(医師・臨床検査技師・看護師・行政関係者)、疫学者などが徹底的に議論し、罹患率・死亡率を減らすための方向性を見出すことです。

  子宮頸がんはほぼ100%、HPVによる感染であることがわかったことにより、HPV感染の所見を取り入れたベゼスタシステム2001の本邦での導入が決定し、不適合検体、ASC-US(意義不明異型扁平上皮)、ASC?H(高度病変を除外できない異型扁平上皮)などへの対応の問題が生じていますが、国際的な流れの中で早期にベセスダシステムに対応し、より精度の高い検診システムを構築していくことが重要です。

子宮頸がん予防ワクチン(HPV16、18型の感染をブロックするワクチン)

多くの女性がHPVに感染するリスクがあり、性活動がある限り生涯続きます。HPV感染は風邪をひくのと同じぐらいありふれた出来事と考えられます。女性の10人に8人は一生のうち一度はHPVに感染すると試算されているので、HPV感染を予防するワクチンの接種は多くの女性にとって大きな恩恵になります。

  ヒトに感染するHPV(ヒトパピローマウイルス)はおよそ100種類以上あり、そのうち30~40種類が性的接触によって感染します。さらにそのうちの15種類ほどが発がん性を持っていて、子宮頸がんを引き起こす可能性があります。世界14カ国が参加して行われたHPV008臨床試験の結果、15歳~25歳の女性でもHPV16、18型の高い感染予防効果が示されました。

HPVワクチンは、HPV16、18型の感染の元をブロックします。性行動が始まる前の年齢で接種すると有効であるとされる大きな理由です。10歳代でワクチン接種を受け、その後の定期的な検診を重ねれば理論的にはほぼ100%、子宮頸がんは予防できるはずです。また、接種後に妊娠が判明しても影響はないとのデータが示されています。初交前の女児、性行動がある女性を想定した予防効果試験でも、一定のワクチンの有効性が示されていますが、すでに感染しているウイルスを排除したり、異形成やがんを治すことはできません。

公的助成によるワクチン接種の広がり

2006年11月に米国が予防ワクチン接種費用の公費助成を始めました。続いてドイツ、フランス、オーストリアや英国など多くの国が、10歳代女児(国によっては20歳代女性にも公費接種)を対象に実施しています。日本でも2009年12月の新潟県魚沼市を皮切りに、公費助成の動きは全国に広まり、現在150以上の自治体が全額・一部の助成実施、あるいは検討をしています。

  神奈川県では鎌倉市が2010年9月から、中学2・3年生を対象に予防ワクチン接種を一部助成で始めます。対象者の一回の接種に1万2千円助成(自己負担額は2千~5千円)。来年度以降は対象年齢を中学1年、小学5・6年に広げていく計画と聞いています。

予防ワクチンを広めるための課題

子宮頸がんを100%予防するには、ワクチン接種と検診を行うことが不可欠です。しかし、多くの女性がHPVと頸がんの関連を知らないばかりか、母親の多くも検診を受けていません。母娘(加えて男性にも)に対する予防啓発を科学・健康教育として取り組むことも急がれます。10歳代でのワクチン接種と20歳代からの子宮がん検診の必要性の理解を深める活動が、日本における子宮頸がんの罹患率・死亡率の減少に直結します。

質疑応答

高齢者にも受診を勧めるべきなのか…
ワクチンに副作用はないの?
HPV検査を望む人たちへの適切な対応とは…
「次世代ワクチン」ってどんなもの…

講演ののち、参加者からの質問が相次いだ。
Q 子宮頸がんワクチンを接種した女性が、何十年後かに別のがんの発症率が高まるのでは、と懸念する人がいますが。
宮城 ネット上にそうした懸念、不妊症になる可能性もあると流れているそうですが根拠はありません。一般に新薬の開発は万全を期して様々な毒性試験が行われ、実用に至ります。信頼できる多くの治験データが報告されているので、多くの専門家から優れた予防ワクチンと評価されています。それよりも、日本でのHPVワクチンに関するそのような誤った情報により接種率が低くなり、5年後、10年後に海外先進国と比べ発病率が高い状態になることが心配です。

Q 検診にHPV検査を、という声が一部の医師等からあります。どう回答したらいいでしょうか。
宮城 HPV検査の導入には、準備・人員配置、予算などの問題がついてまわります。市町村の負担は少なくありません。導入が実現しても細胞診陰性HPV検査陽性の結果への対応などの問題が生じます。ASC-USへは、本年4月からHPV検査は保険適応となり検診からは切り離して考えられています。

  私は、将来的には細胞診とHPV検査の併用検診に進むのではないかと考えていますが、対象者の年齢や受診間隔の設定が問題です。対策型検診の充実は行政サービスの大きな柱です。専門家を含む多くの議論を経ることが大切です。

鈴木 みなさんは住民の声を多く聴くことのできる立場です。その声を議論の場に持ち込むことが大切です。最終判断をするのは首長ですが…。鎌倉市ではHPVワクチンの導入に際し、庁内で活発な議論があったようです。

Q 60歳代の女性が検診の医師から「子宮がん検診は必要のない年齢だから」と言われました。子宮体がんの発症リスクは閉経後が高まると理解していたので受診を勧めましたが。
宮城 体がん検診が実施されている市町村として、いい対応をされたと思います。わずかな不正出血などの異常をきっかけに受診し、がんが発見される例もあります。日本では受診対象者の設定が臨床側にも住民側にも不十分なためにこうした混乱があるのでしょう。施設検診で子宮体がん・頸がんの検診を受ければ産婦人科医による内診が行われますから、他の病気(子宮筋腫や卵巣腫瘍など)が発見されることもあります。ただし、子宮体がん検診は、頸がんに比べて対策型検診のメリットが少ないとされており、実施している自治体は減っています。

Q 昔からHPV感染者は多数いたのに、なぜ最近になって急激に若い世代の子宮頸がんが増えたのでしょうか。
宮城 昔からもちろん感染者はいました。日本で特に若年層の罹患率が高まっている背景には、性行動が昔に比べて活発である(ただしこれはどの先進国も共通)ことに加え、対象年齢の受診率の低さが挙げられます。オーストリアは「子宮頸がんゼロ」をめざし、10歳代前半の男子にもワクチンを接種しています。米国では4価ワクチン接種が男性にも認可され、多くの男性も接種していると聞いています。

Q 子宮頸がん予防ワクチンが急に注目され、積極的な導入に向かった背景とは…
宮城 がんの予防ワクチンである、という一点に尽きると思います。日本では予防接種法などHPV以外の細菌やウイルス感染予防ワクチン接種を取り巻く諸問題もあるにもかかわらず、がんで死なせないというインパクトの強さと世界共通の流れの中で注目された、と私は理解しています。がんによる死亡者を減らすことで社会的、経済的な影響を大幅に抑えられるからです。

Q 現在、日本のHPVワクチンは16、18型に対応するものですが、開発中の〝次世代ワクチン〟とはどのようなものでしょうか。宮城 米国で臨床試験中の、発がん性の9種類のHPVをブロックするという「9価ワクチン」が次世代ワクチンの代表でしょう。大量生産が実現し、価格が下がり、安全性が確認されれば将来、発売されるかも知れません。また、〝all in one〟型のような、感染予防の幅の広いHPVワクチンの研究も世界各国で進んでいます。

鈴木 後半の質問からは、第一線のみなさんのご苦労、混乱がよくわかりました。予防接種は感染症予防の最前線と言うべき重要な対策です。まったく同じ理論で〝がん〟が予防できるのです。繰り返しになりますが、日ごろから住民の声をもとに議論を重ね、そこで出た意見や考え方を住民への説明に生かす、首長の耳に入れる、あるいは首長などを通じて国の方針決定の場に届けることが地域の保健衛生を担う皆さんの役割だと思います。本日はありがとうございました。

(健康かながわ2010年9月号)

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