情報サービス
前のページへ戻るHOME > 情報サービス > 健康かながわ >「一番暑い夏」が残した2010感染症トピックス
健康かながわ

たかが蚊と 警戒怠るなかれ

2010年は、感染症の分野で注目すべきトピックスが多かった。夏の猛暑で蚊の活動にも異変が起きたと考えられ、様々な「蚊媒介性感染症」に関心が集まった。関連する動きとしては、日本脳炎の予防接種の再開があった。インフルエンザの状況など、ほかの感染症の動向も合わせて、この1年を振り返ってみよう。 (読売新聞東京本社科学部次長・佐藤良明)

「一番暑い夏」。こんな新聞の見出しを思い出してもらいたい。気象庁によると、6~8月の全国の平均気温は、統計のある113年間で最も高かった。
  健康面では、熱中症で救急搬送される患者が5万6千人も出て深刻な状況だったが、意外に知られていない猛暑の一側面として、今年は蚊に刺されることが例年に比べ少なかった、とされている。

  場所場所で、気候も違えば、周辺環境、蚊の種類も様々だから、蚊が少ないのか、平年並みなのか、はっきりしたことは言いづらい。蚊の生態に詳しい害虫防除技術研究所の白井良和所長は、こんな可能性を指摘する。

  屋内にいるアカイエカやチカイエカは、気温30度を超す猛暑が続くと産卵数が減る。一方、ヤブカで一番ありふれたヒトスジシマカは暑さには強い。とはいえ、例えば首都圏では真夏の1カ月、まとまった雨が降らなかった。カラカラに乾き、ボウフラの育つ水たまりが、そもそも見あたらなかった。蚊にとっても、夏は「酷暑」だったのかもしれない。

蚊は感染症の運び屋

 「刺された」「かゆい」で済むぶんには、たかが蚊にすぎない。しかし本稿で取り上げる理由は、蚊が危険な感染症を媒介するからだ。この点、日本人は概して警戒心が薄い。少数ながらも我が国で患者が出ている「日本脳炎」は、蚊媒介性感染症の中では、注意すべき病気だろう。 豚の体内などで増えたウイルスをコガタアカイエカが媒介する。この蚊に刺されることで感染する。

  ほとんどは症状があらわれずに経過するが、症状が出る場合には、高熱や頭痛、嘔吐などがまずあって、光への過敏症、意識障害、けいれんなどを起こす。脳炎を発症すると20~40%が死亡するともいわれている。
  1992年以降、患者の報告数は日本全国で年間10人未満にとどまる。2010年は9月に、長崎県諫早市で80歳の男性患者1人が確認されている。

  対策はどうなっているのか。日本脳炎のワクチンは、4月から接種が再開された。
  そもそも2005年、日本脳炎の予防接種後に脳神経系の重い病気になった子どもが出たことから、国が「積極的な勧奨を差し控える」と発表し、事実上、接種は中断していた。

「日本脳炎」の予防接種が再開

  新しいワクチンが開発され、予防接種法に基づく定期接種として正式に認められた。接種は全部で4回ある。回数が多いのは免疫を確実につけるための措置だ。

  まず第1期が3回。内訳は初回接種(2回)として、生後6カ月~7歳6カ月未満(3歳が標準)を想定している。追加接種の1回は、初回接種のおおむね1年後(4歳が標準)となっている。追加接種でも7歳6カ月未満という年齢上限は変わらない。第2期は9歳~13歳未満(9歳が標準)となっている。

  日本脳炎の発生地域は、大部分が九州・沖縄地方と中国・四国地方。身近で患者が出ない首都圏に暮らしていると、道路舗装で水たまりができにくくなり、下水道なども整備されていることもあって、「蚊媒介性感染症」が、どうもピンとこない。しかし警戒は怠るなかれ、だ。

龍馬も発症した「瘧(おこり)=マラリア」

 日本でいま流行しているわけではないが、蚊媒介性感染症で最初に思いつくのは「マラリア」だ。ここで、こぼれ話をひとつ。
  あの坂本龍馬も、薩長同盟の実現へ奔走するさなか、突然マラリアを発病する。「顔が火のようにあつく、寝ていても歯の根ががちがち鳴るほどにふるえた」。大河ドラマ「龍馬伝」ではこうした場面はなかった。司馬遼太郎が小説「竜馬がゆく」で描いた。龍馬の時代、瘧(おこり)と呼ばれていたのがマラリアだった。

  ただし、今の日本人は熱帯でも旅行しないかぎり、蚊に刺されて重い病気になることを、リアルな現実として受け止められない。そういう立場からすると、米国の天気予報サイトに「モスキート・アクティビティー(蚊の活動)」というコーナーがあるのには驚く。
  ここまで蚊に警戒心が強いのは、蚊が媒介する西ナイル熱が米国内に侵入しているからだ。ニューヨークから全土に広がり、2002年には300人近い死者を数えた。今夏には、欧州のギリシャやルーマニアでも流行し、大勢の死者が出た。

  人やモノが高速で世界中を行き交う現在、西ナイル熱を運ぶ蚊も飛行機にまぎれこみ、人間とともに旅をする。いつ日本に侵入しても不思議ではない。

インフルエンザは…

 もう一つ、国民の関心が高い感染症は、インフルエンザだ。新型インフルエンザは2009年に日本に上陸。私たちの警戒心も頂点に達した。09年末に流行のピークは超え、ワクチン不足や健康弱者への優先接種といった問題は、2010年初めまで続いた。
  季節性インフルエンザのシーズンにもなった。国立感染症研究所の11月末までのまとめでは、大雑把にいって、従来からある「A香港型」の報告患者数が、「新型」報告数の2倍にのぼっている。

  A香港型は高齢者で重症化しやすい傾向がある。しかもここ数年、本格的な流行がなく、国民の免疫レベルが下がっていて、場合によっては大流行の可能性もある。また、新型も09年に続いて流行する可能性があり、感染研は状況を慎重に見守っている。

  新型が強毒性ではなかったことは幸いだった。新型と季節性の両方に対処している今シーズン用のワクチンを接種し、うがいや手洗いの励行、人込みを避ける、といった感染症対策の基本を心がけたい。目新しい策はないが、いつの時代でも大切なことばかりだ。


(健康かながわ2010年12月号)

中央診療所のご案内集団検診センターのご案内