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健康かながわ

 皆さま、お正月はどのようにお過ごしでしたでしょうか?おせち料理でお腹周りが気になるという方もいらっしゃるのではないでしょうか。ところで、今、「いつ、何を、どのように食べるのがよいか」ということを研究する「時間栄養学」が注目されています。今年初めの話題として、女子栄養大学の香川靖雄副学長に時間栄養学とはどのようなものか、寄稿いただきました。

時間栄養学とは

 臨床検査に従事する人にとって、血液成分の日内変動や加齢に伴う検査値の変化は常識である。このように、あらゆる生命の営みは時間軸上に展開されている。時間栄養学とはこのような時間の経過に伴う心身の活動を最適に保ち、生活習慣病を予防する栄養学である(1)

  しかし、従来の栄養学の基本である「日本人の食事摂取基準2010年版」には、栄養素の推奨量や目標量を年齢・性・体重・活動度に基づいて定めてあるだけで、毎日の摂取時刻、食事量の朝昼夕食での配分、摂取速度と順序などの値は決められていない。時間栄養学が新しい栄養学と呼ばれる理由は、時計遺伝子が最近発見され、また寿命の回数券テロメア(2)も2009年にノーベル医学生理学賞を授与されたからである。

  従来の栄養学は労作に基づく筋肉労働の栄養学であるが、現代人の最も重要な精神労働の向上は扱われない。時間栄養学で日周リズムが正しく保つことができれば、単に生活習慣病が予防できるだけでなく(1、3)、注意力が高まり、学業成績が上がり(1)、交通事故も防ぐことができる(1)

国民のエネルギー摂取量が低下して、なぜ肥満、糖尿病が増加したか

 最近30年間の肥満、糖尿病の激増の原因は過食であると一般に誤解されているが、国民健康・栄養調査によれば、2008年の国民のエネルギー摂取量は1867キロカロリーと1970年の2210キロカロリーより343キロカロリーも減ったが、この期間に境界領域も含め糖尿病は約8倍の2210万人に達し、肥満は中高年男性では1970年の約2倍に達した。

  この理由は実質的な朝食欠食とリズム変調、高脂肪食、運動不足が誘因と考えられる(3)。従来の栄養学では同一メニュー・同カロリーの食事ならば効果は同じと考える。しかし、摂取時間を変えて較べると、図1に示すように、朝食は夜食の4倍のエネルギーを活動に消費し(4)、夜食ではエネルギーが主に脂肪として貯えられる。朝食が心身を活性化するので、サーモグラフィーで見ると朝食摂取後の体温が高い。

  朝食欠食学生の、エネルギー摂取量が少ないのに体重が保たれるのは、心身活動を減らしているからである(5)

時計遺伝子と日周リズム

 全身の細胞にある時計遺伝子が、自律的に約25時間の概日リズムを作るが、毎日の朝の光と朝食で概日リズムの位相が補正されて24時間の日周リズムになる(1)。時計遺伝子が24時間周期に固定されていない理由は、四季や地域で日の出の時刻が変化するのに適応するためである。

  主時計遺伝子は視床下部の視交叉上核にある(図2)。これに対して末梢時計遺伝子が体内の主要臓器にある。朝の光は主時計遺伝子の位相を朝に合わせ、小腸、肝臓の末梢時計遺伝子は朝食摂取によって位相を整える。朝食と朝の光が同時に作用して中枢と末梢の時計遺伝子が同調して円滑な活動が行われる。栄養バランスの取れた朝食を摂取しないと時計遺伝子の位相を整えることができないが現在は主食のみの朝食が38%もある。

  時計遺伝子による概日リズムの自律的発振機構は、時計遺伝子が作る蛋白質が貯まると時計遺伝子自身の活性を抑えるためである。時計遺伝子のEボックスという調節部分にClock・Bmal1蛋白質複合体が結合してPer・Cryという蛋白質を合成する(図3(1)

Per・Cryが蓄積するとClock・Bmal1の作用を止めるため、一定時間後にPer・Cryが減る。Per・Cryが減れば、Clock・Bmal1が作用して再びPer・Cryが増える。このため大体一日でこれらの蛋白質は増減を繰り返してリズムを生む。Eボックスを持つ遺伝子は多数あって、全身の酵素活性は時計遺伝子と同調して心身の活性を変える。

寿命の回数券テロメアとその維持

 時間栄養学のリズム異常は全臓器の寿命を支配する「寿命の回数券」テロメアの長さに蓄積して反映される。テロメアが細胞分裂毎に短縮するため、ヒト体細胞には50回の分裂寿命しかない。出生時に1万塩基あったテロメア長が年間平均50塩基ずつ短縮して行き、百歳老人では5千塩基に達し生存できない。様々な栄養素摂取、体格指数、運動、心労等の影響をテロメア長という一つの臨床検査の指標で集約される(7)

  特にメタボリックシンドロームに関わる高血圧、高血糖、高コレステロールや活性酸素による内皮の損傷を修復するための分裂で、テロメア短縮が7年間で千塩基あると、脳卒中や心筋梗塞を発症する確率を3倍も高める(図4(8)

時間栄養学による生活習慣病の予防

 時間栄養学の結論として、朝食摂取時刻は起床2時間以内が良く、9時以降の夕食は、少量に止め、早く寝て朝食で補い、朝:昼:夕の摂取エネルギー配分は3:3:4とする。摂取速度は咀嚼30回、繊維の多い食物を先に摂取して、血糖値の急激な上昇を避ける。日周リズムの乱れた翌日は強い朝日を浴び、バランスのとれた朝食を摂り、夜は暗くして松果体からのメラトニン分泌を促進する。

  最後に、誰でも1日は24時間しかない事を自覚するべきで、夜更かしして行われている活動をできるだけ朝に回す生活設計が望まれる。

《文献》
(1)香川靖雄(編)日本栄養・食糧学会監修時間栄養学 女子栄養大学出版部、東京 2009
(2)Fitzpatrick AL, et al.: Am J Epidemiol. 165 :14-21,2007
(3)香川靖雄:香川靖雄教授のやさしい栄養学 女子栄養大学出版部、東京 2006
(4)関野由香他:日本栄養・食糧学会雑誌 63(3)101-106、2010
(5)香川靖雄 他:栄養学雑誌38:283-294、1980
(6)高橋孝子 他:日本栄養・食糧学会雑誌61(6)257-264、2008
(7)Cassidy A, et al.:Am J Clin Nutr 91:1273-1280,2010
(8)Richards JB, et al.:Atherosclerosis. 200:271-277,2008


(健康かながわ2011年1月号)

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