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健康かながわ

 東日本大震災により、東京電力福島第一原子力発電所で事故が起きた。大量の放射性物質が飛散し、私たちの健康に影響が及ばないか大きな関心事になった。今年の健康・医療問題のトピックといえば、まずこれが挙げられる。現在の科学では健康影響について確実なことが言えない部分もあり、私たちの不安は解消されないままだ。(読売新聞東京本社科学部次長・佐藤良明)

 

明確な答えを持っていない 低線量被曝の健康影響

 放射性物質の健康への影響について、おさらいしよう。放射性物質が出す放射線を浴びること(被曝)で身体のDNAが損傷し、がんの危険が生まれる。

  被曝には、体の外側から放射線を浴びる「外部被曝」と、放射性物質を含む空気、飲料水、食べ物を体内に取り込むことで起きる「内部被曝」がある。放射線といっても、私たちは健康診断でX線撮影を行い、自然界にある放射線を日々浴びている。事故による被曝がどの程度なら害はないのだろうか。

  それを考える際に、放射性物質に関してしばしば見聞きする、ベクレルとシーベルトという二つの単位を頭に入れたい。ベクレルは放射性物質が放射線を出す強さを示し、シーベルトは人体に与える影響を示している。

  国際放射線防護委員会(ICRP)は2007年、緊急時の一般人の被曝限度を、年間20~100ミリ・シーベルトと勧告した。
  日本政府は勧告をもとに、推定積算線量が年間20ミリ・シーベルトに及ぶ地域・世帯を「計画的避難区域」「特定避難勧奨地点」とした。ICRPが示す緊急時の下限値を採用、最も厳しくした。

科学者も見解が分かれる低線量被曝

11月12日、福島第一原発が報道陣に公開された際、3号機付近では毎時1ミリ・シーベルトが計測された。私たちの生活圏では、さすがにこうした高線量とは縁遠いが、事故当初は、大量の放射性物質が拡散した。
  千葉県柏市の市有地では、事故から7か月以上たった10月下旬、市の調査により、深さ30センチの土壌で、最大で毎時57.5マイクロ・シーベルトを計測した(1000マイクロが1ミリ)。

  福島県内はもちろん、柏市のように県外でも、周辺に比べ高線量の地点(ホットスポット)が見られる。排水溝に放射性物質を含む泥がたまり、線量が上がるのも珍しくない。環境省は、福島県外でも年間1ミリ・シーベルト以上の全地域で土壌や廃棄物の除染を行うとし、長期的に年間1ミリ・シーベルトを下回ることをめざす。
  線量は低いに越したことはない。ただ、実際の避難の目安は年間20ミリ・シーベルト。これに満たなければ健康に影響はないのか。

  低線量被曝に関しては科学者の意見も様々だ。児玉龍彦東大教授は、1986年の旧ソ連のチェルノブイリ原発事故後、周辺住民に膀胱炎が多発し、膀胱がんのリスクが高まっているとの研究を紹介し、事故との関連を指摘する。そのうえで、計画的避難区域外にある福島市や同県二本松市などで、女性の母乳から検出された放射性物質セシウム137の濃度は、チェルノブイリの住民の尿中のセシウム137にほぼ匹敵する、とした(「内部被曝の真実」より)。指摘の中で児玉教授は(こうした状況は)がんのリスクが増加する可能性のある段階になっているとしている。

  一方、文部科学省所管の独立行政法人放射線医学総合研究所は、チェルノブイリの膀胱炎の研究について、既往歴といった患者の詳細が調査されていないなどの理由で、「膀胱炎がセシウムの長期内部被曝によるものと結論付けられるものではない」という見解を公表している。

  事故の収束をにらみ低線量被曝をどう考えればいいのか、国の対処方針が問われている。内閣府はワーキンググループを設け、議論を行っている。グループの会合では、海外の研究成果をもとに年間5ミリ・シーベルトの主張も出た。年間20ミリ・シーベルトの妥当性について、慎重に検討しており、年内にも報告書をまとめる。

内部被曝と健康影響 食品基準をどう考えるか

 原発周辺住民はもちろん、原発から離れた場所でも健康影響は気がかりだ。特に、放射線を体内で浴び続ける内部被曝の方が外部被曝より問題が大きいと一般には考えられる。内部被曝を極力回避するにはどうすればいいのか。日々私たちが口にする食品の基準に注目が集まっている。
3月の事故直後に厚生労働省が示した暫定規制値では、放射性セシウムの場合、飲料水、牛乳・乳製品が1キログラムあたり200ベクレル、野菜や米、肉、魚などで同500ベクレルとしていた。換算すると年間5ミリ・シーベルトが上限だ。

  内閣府食品安全委員会が10月末、厚労省に出した答申は、「食品からの被曝で健康に影響が見いだされるのは、生涯の累積でおおむね100ミリ・シーベルト以上」とした。

  この数値は、広島・長崎の原子爆弾被爆者の40年に及ぶ追跡調査を主な根拠にした。これは外部被曝のデータだが、内部被曝で判断材料にできるものはなかったという。それによると、30歳で被曝し、70歳まで経過観察して、がんによる死亡のリスクが増すかどうかをみる設定だ。被曝線量が0~125ミリ・シーベルトだと、リスクは高まるが、0~100ミリ・シーベルトだとリスクに変化はなかった。

  つまり、生涯100~125ミリ・シーベルトが健康への影響を考慮すべき値として浮上してくる。食安委が検証したデータの中で、確からしいと判断できた数少ない研究だ。
  食安委の答申を受けて、厚労省の薬事・食品衛生審議会は、食品に含まれる放射性物質の基準値を改定する作業に着手した。

  暫定規制値での5分類を4分類(一般食品、牛乳、飲料水、乳幼児食品)に再編。セシウムで年間5ミリ・シーベルトだった上限を年間1ミリ・シーベルトにする。単純計算で80歳まで生きると80ミリ・シーベルトの被曝線量で、これなら答申の範囲内だ。とはいえ、生涯100ミリ・シーベルトより低い値なら大丈夫とは食安委の答申でも言及していない。参考にできる研究成果がないという。
  このように、低線量被曝の健康影響に、今の科学は明確な答えを持っていない。とすれば、私たちは一層、放射性物質に関する知識を深め、関心を持ち続けなければならない。

 

(健康かながわ2011年12月号)

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